Pseudomonas syringae 群細菌における毒素産生遺伝子群の進化機構


[要 約]
 Pseudomonas syringae 群細菌の進化機構についてゲノム構造と分子進化に基づいて解析すると,これらのゲノムが可塑性に富んでいること,および,pv. actinidiaeとpv. phaseolicola のゲノム上に存在している毒素産生遺伝子群(argK-tox cluster)は外来性であり,水平移動によって分布を拡大してきたことが強く示唆される。
[担当研究単位]農業環境技術研究所 環境生物部 微生物管理科 寄生菌動態研究室
[部会名] 農業環境・農業生態
[専 門] 作物病害
[対 象] 微生物
[分 類] 研究

[背景・ねらい]
 Pseudomonas syringae群細菌は病原性や宿主範囲の異なる50以上の病原型(pathovar : pv.)に分化しているが,分化をもたらした分子機構については全くわかっていない。そこで,ゲノム上に存在しているファゼオロトキシン産生遺伝子群(argK-tox cluster)をモデルとして選んで分子進化およびゲノム構造のレベルで解析し,変異・適応機構の解明を試みた。
[成果の内容・特徴]
  1. 4つの必須遺伝子(gyrB,rpoD,hrpLおよびhrpS)をもとに分子進化学的に解析したところ,供試した21種類のpathovar(59菌株)は系統進化の過程で大きく3つの単系統群に分化してきたことが明らかとなった(図1)。
  2. グループ1のpv. actinidiae (AC),グループ2のpv. syringae (SY),グループ3のpv. phaseolicola(PH)のゲノムの物理地図を作製したところ,構造および大きさが菌株間で著しく異なっていた(図1)。本群菌のゲノムが可塑性に富んでおり,挿入,欠失,転座などのゲノム再編成が大規模かつ活発に起こってきたことを示している。
  3. ファゼオロトキシン産生能を有するPHとACは互いに異なる進化の道筋を経てきており,ゲノムの構造が大きく異なっているが(図1),それらのゲノム上には全く同一配列のargK(anabolic OCTase遺伝子)が存在していた。また,argK のゲノム上における存在位置はpathovar間で大きく異なっていること(図1)や,argK の分布はこれら2つのpathovarに限定されていることも明らかとなった。以上の結果は,argK が水平移動によって2つのpathovarへと分布を拡大してきたことを強く示唆している。
  4. cluster内部のargK とfatty acid desaturase遺伝子(DES)は,コード領域全体のGC 含量(GC %),コドン第3座位のGC含量(3rd GC %),コドン使用頻度(Z1)に関して,本群菌のゲノム上の遺伝子一般の傾向とは大きく異なっていた(表1)。しかも,argK は,本群菌とは遠縁である低GC含量グラム陽性細菌のOCTase遺伝子に極めて類似していた。以上の結果は,少なくともargK-tox cluster内には,本群以外の菌種から水平移動によって獲得された外来性のモジュールが存在していることを強く示唆している。
[成果の活用面・留意点]
  1. 毒素のような直接的な病原因子の産生遺伝子が病原性分化に関与している可能性が明らかとなり,環境微生物の進化・適応機構や動態を研究する上で重要な指針となる。
  2. 植物上において細菌間で遺伝子の水平移動が起きている可能性が明らかとなり,農業用微生物資材の安全性評価のための基礎的な資料となる。

具体的データ


[その他]
研究課題名:1)植物寄生性微生物の寄生性及び動態の解明
      2)植物表生菌における遺伝子の水平移動・ゲノムの再編成の分子機構の解明
予算区分 :1)経常,2)バイテク〔組換え体産業化〕
研究期間 :平成11年度[1)平成9〜15年度,2)平成11〜15年度]
発表論文等:1)Comparative analysis of Pseudomonas syringae pv. actinidiae and pv phaseolicola
        based on phaseolotoxin-resistant ornithine carbamoyltransferase gene (argK) and
        16S-23S rRNA intergenic spacer sequence. Applied and Environmental Microbiology,
        63 : 282-288 (1997).
      2)Phylogenetic analysis of Pseudomonas syringae pathovars suggests the horizontal
        gene transfer of argK and the evolutionary stability of hrp gene cluster.
        Journal of Molecular Evolution, 49 : 627-644 (1999)
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