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平成27年度主要成果

葉面常在菌の高濃度酵素培養液は植物を枯死させる

[要約]

葉面常在酵母菌(Pseudozyma antarctica)の培養ろ液に植物を枯らす効果があることを発見しました。本菌が産生するエステラーゼ活性を有する酵素が葉面クチクラ層を破壊するため、植物は乾燥を伴って枯死することを解明しました。

[背景と目的]

農業環境技術研究所では、使用済みの生分解性プラスチック農業資材を速やかに分解する技術を開発する目的で、葉面常在菌(P. antarctica)から強力な分解酵素(P. antarctica Enzyme: PaE)を見出し、これを高濃度に含む培養ろ液の調製に成功しました。植物表面は生分解性プラスチックと同様にエステル結合を有する物質で多く構成されているため、この培養ろ液が植物に対してどのような影響を与えるのかを評価しました。

[成果の内容]

PaE を高濃度に含む培養ろ液(8 U/mL)をトマトの茎葉に散布したところ、葉が枯れました(図1)。そのときの葉の脂質を色素で赤く染色して顕微鏡下で詳細に観察すると、培養ろ液を散布した植物では葉面を覆う脂質の層(クチクラ層)が薄くなっていました(図2)。熱で酵素を失活させた培養ろ液を散布した対照植物では、これらの変化は観察されませんでした。そこで、葉を培養ろ液に浸漬した後、ろ液中に溶け出した成分をガスクロマトグラフ-質量分析で解析したところ、炭素鎖長が 16 や 18 の脂肪酸が検出されました(図3)。このことは、クチクラ層を構成する脂質成分のエステル結合が PaE のエステラーゼ活性で切断され、分解産物として脂肪酸が生成したことを示唆します。こうしてクチクラ層が破壊された葉では、水分蒸散のため重量減少率が高くなりました(図4)。また、培養ろ液を処理した葉では乾燥耐性に関わる植物ホルモン(アブシジン酸)が増加し、その生合成遺伝子や乾燥ストレス応答遺伝子の発現が上昇することも確認しています。

植物のクチクラ層は乾燥や外敵から身を守る役割を果たしています。培養ろ液中の高濃度 PaE がこの層を破壊することで、植物は乾燥に弱くなって枯死に至ることが分かりました。しかし、P. antarctica の菌体自体を接種しても植物を枯らすことはありません。自然界で葉面常在菌は、クチクラ層を分解する酵素を適切に制御し、宿主植物とうまく共存している可能性が示唆されます。また、この培養ろ液は植物表層構造を壊して植物を枯死させることから、新しい作用機作を持つ除草用酵素として利用できる可能性があります。

リサーチプロジェクト名:情報化学物質・生態機能リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 釘宮聡一、田端純
生物生態機能研究領域 北本宏子、植田浩一、渡部貴志、鈴木健、吉田重信
光原一朗((国研)生物研)

発表論文等:1) 北本、釘宮、植田ら:特開2014-129287号(2014)
2) Ueda et al., Applied Microbiol. and Biotechnol., 99 : 6405–6415 (2015)

図1 葉面常在菌の培養ろ液を処理した植物の枯死: 培養ろ液を植物体(トマト)に散布しました。1週間後、培養ろ液を散布した処理植物では、葉が枯れました(左)。しかし、熱処理によって酵素活性を失った培養ろ液を散布した対照植物では、処理植物のように葉が枯れる現象は観察されませんでした(右)。

図2 葉表層断面の顕微鏡観察: 葉面クチクラ層の脂質を赤色に染色し、断面を顕微鏡で観察しました。培養ろ液を処理した葉では、対照の葉と違って、赤く染まるクチクラ層が薄くなっていました。

図3 培養ろ液に浸漬した葉面から遊離する脂肪酸: 処理葉から脂肪酸が溶出し、培養ろ液が脂質成分を分解したことが示唆されました。

図4 培養ろ液を処理した葉の重量変化: 培養ろ液に浸漬した切り葉の重量減少率を継時的に測定すると、培養ろ液を処理した葉では、熱失活した培養ろ液を処理した対照葉に比べて、水分蒸散によって重量が速く減りました。また、乾燥耐性に関わる植物ホルモン(アブシジン酸)の増加や乾燥ストレスに応答する遺伝子発現の上昇なども確認できたことから、植物が枯死した要因は、葉の水分が失われて乾燥したことによると結論しました。

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