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プレスリリース
NIAES
平成24年11月12日
独立行政法人 農業環境技術研究所

根粒菌による温室効果ガスの削減
−微生物による世界初のNO削減技術を開発−

ポイント

・ 独立行政法人農業環境技術研究所と国立大学法人東北大学は、農耕地からの一酸化二窒素(N2O)の発生を微生物によって抑制する世界初の技術を開発しました。

・ 新規に開発し たN2O を除去する能力の高いダイズ根粒菌を、ダイズほ場に接種することにより、収穫後にダイズ根粒の崩壊において発生する N2O の47%を削減しました。

・ N2O は、強力な温室効果ガスであると同時にオゾン層破壊の原因物質でもあり、農耕地が主要な排出源のひとつであるため、この技術の実用化が期待されます。

・ この研究成果は、11月12日に、Nature Climate Change 誌のオンライン版に掲載されました。

概要

1. 独立行政法人農業環境技術研究所と東北大学は、一酸化二窒素(N2O)還元酵素活性を強化したダイズ根粒菌を作出し、温暖化とオゾン層破壊の原因物質である N2O の土壌からの発生を抑制できることを実験室と野外の両方で証明しました。

2. この結果は、有効な N2O 発生削減策の開発が急がれる中で、共生微生物を利用した初めての生物学的 N2O 発生削減法として注目されています。

3. 本研究成果は、英国科学誌 「Nature Climate Change」 に受理され、2012年11月12日発行のオンライン版に発表されました。

予算: 新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業 ((独)農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター)(2007-2011)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

独立行政法人農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長   宮下  C貴

研究担当者:

独立行政法人農業環境技術研究所

生物生態機能研究領域 上席研究員  早津 雅仁

電話 029-838-8309
ファックス 029-838-8199
電子メール hayatsu@affrc.go.jp

物質循環研究領域   主任研究員  秋山 博子

電話 029-838-8231
ファックス 029-838-8199
電子メール ahiroko@affrc.go.jp

国立大学法人東北大学 大学院 生命科学研究科

教授  南澤  究

電話 022-217-5684
電子メール kiwamu@ige.tohoku.ac.jp

広報担当者:

独立行政法人農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー  小野寺達也

電話 029-838-8191
ファックス 029-838-8299
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

研究の社会的背景

二酸化炭素の300倍の温室効果を有する一酸化二窒素( N2O )の大気中濃度が増加し続けています。また。 N2O は深刻な地球環境問題であるオゾン層の破壊の原因物質でもあります。一方、 N2O の主要な発生源は農耕地で、日本の人為発生源の26%、世界では60%を占めています。このため農耕地から発生する N2O を削減する技術の開発が切望されています。

研究の経緯

われわれは N2O 発生源の一つとして知られるダイズ畑を対象として、微生物による N2O 削減技術の開発に取り組みました。ダイズには細菌の一種である根粒菌 1) が共生し、根に根粒という共生組織を形成して、空気中の窒素を植物が利用できる形態に変換します。

東北大学では、これまでの研究で、この根粒菌の中には N2O を窒素ガス( N2 )に還元する酵素( N2O 還元酵素)を持つものと持たないものとがいることを明らかにしました。さらに N2O 還元酵素を持つ根粒菌によって形成される根粒が N2O を除去することも発見しました。これらの研究過程で、 N2O 還元酵素活性を強化することにより N2O の発生を抑制する技術を開発できるという着想を得ました (図1)。

一方、農業環境技術研究所では、温室効果ガスの自動モニタリング装置を世界に先駆けて開発し、ほ場レベルで N2O の精密な測定を連続して行う技術を確立し、さらに環境中の微生物をDNAレベルで追跡する手法の開発でも成果を得てきました。

微生物による N2O 削減技術の開発には、細胞レベルで起こる現象をほ場で評価する必要があります。すなわちゲノムサイエンスからフィールドサイエンスに至る広範囲な研究手法を統合的に展開する必要があります。そこで東北大と農環研が共同で、 N2O 還元酵素活性を強化したダイズ根粒菌 (nos 2) 強化株) による N2O 削減技術の開発に取り組みました。

研究の内容

ダイズ根粒菌の N2O 還元酵素活性を高めることにより、 N2O 除去能力が高まることを室内実験系で証明しました。農業現場での利用を目指して、進化加速法 3) により、 N2O 還元酵素活性を元株の7〜11倍に上昇させた nos 強化株の作出に成功しました (図1)。この nos 強化株を用いて、実験室内でダイズを栽培し N2O 削減効果を持つことを明らかにしました。さらにゲノム情報に基づく改良株の検出法を考案しました。

nos 強化株の N2O 削減能力の評価と実証のために、目的の根粒菌が形成した根粒かどうかを確認するためのゲノム情報による検定法を開発し、さらにほ場での試験を行うための根粒菌の培養法と接種法を確立しました。これらを用いて、まず小面積で接種試験を行い、nos 活性を欠いた土着ダイズ根粒菌が大多数を占める黒ボク試験区では、収穫後の N2O 発生を43%削減することを示しました。次に農家規模のほ場(黒ボク土)で nos 強化株を用いた試験を実施し、収穫後の N2O 発生を47%削減することに成功しました(図2図3)。

今後の予定と期待

われわれが本研究に取り組んでいる間にも、ヨーロッパ諸国が N2O 還元酵素を使った N2O 削減の研究に着手するなど、世界的に N2O 還元酵素利用の期待が高まっています。しかし N2O 還元酵素を強化した根粒菌の育成やほ場規模での実証実験など、すべてにおいてわれわれのチームがリードしています。今後の実用化に向けた研究を早急に進めたいと考えています。

用語の解説

1)根粒菌: マメ科植物の根に根粒と呼ばれる瘤(こぶ)を形成し、根粒中で大気中の窒素ガスを植物に利用可能なアンモニア態窒素に変換し、植物に供給する土壌微生物。根粒内には植物側から光合成産物が供給されることにより共生関係が成立していることから、このプロセスは共生的窒素固定と呼ばれている。

2)nos N2O 還元酵素遺伝子

3)進化加速法: DNA複製時の校正機能を低下させることで突然変異率を高め、選択圧により有用な変異体を取得する手法である。東北大チームは本手法を初めて大腸菌以外のダイズ根粒菌に適用し、 N2O 還元酵素活性を高めた nos 強化株を取得するための方法を確立した。

窒素固定によるアンモニアの生成から、一酸化二窒素または窒素ガス放出までの模式図

図1 ダイズ根粒菌による根粒根圏からの N2O 発生

根粒が共生窒素固定で獲得した窒素は、根粒が老化すると硝化および脱窒の過程で N2O ガスとして一部大気中に放出される。しかし、ダイズ根粒菌 nosZ + 株または nos 強化株は、その発生を実験室レベルで低下させることが分かった。

ダイズが生育している試験ほ場の写真

図2 ダイズ根粒菌を接種したダイズほ場

グラフ

図3 ダイズほ場からの N2O 発生の精密連続測定

ほ場レベルで nos 強化株を接種した場合も、その N2O 発生削減の効果のあることが温室効果ガスの精密連続測定により明らかになった。

(リリース時の図1と図3を新たなものに入れ替えました:2012年11月14日)

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