生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話28》ICT環境情報システムで地域ブランド野菜産地の強化

2021年9月30日号

新規就農者など農業の経験の浅い方でも活用できる簡易なICT環境情報システム

新規就農者など農業の経験の浅い方でも、操作が簡単なICT(情報通信技術)環境情報システムを活用して、トウガラシやニンジンのブランド野菜を生産できる技術を京都府農林水産技術センターなどが確立しました。このシステムは、正確な温度・湿度を測定する装置と市販の通信機能付きデータロガー(記録保存装置)を組み合わせたもので、ハウス内に設置された温度センサーなどの情報をスマートフォンで確認しながら、ハウス内の環境を調節し、安定した収量増加と省力化を実現します。中小規模の簡易施設で熟練農家並みの収量が得られる先進的な取り組みとして、今後の普及が期待されています。

京都の万願寺トウガラシ 収量7割アップ

ブランド京野菜として知られる万願寺トウガラシ(写真1)は人気があることから新規に栽培を始める方が増えていますが、経験の浅い新規就農者にとっては、ハウス内の温度や土壌の水分管理は容易ではなく、品質や収量が低下しがちです。一般に生産者はハウス側窓のビニールシートを開閉して、温度を調節しますが、日中に温度が高すぎると葉がこげ茶色に変色したり、夜間に低くなり過ぎると生育が遅くなったりします。

京都府農林水産技術センターは、ICT環境情報システム(写真2)を設置し、測定データを生産者がスマートフォンで見ながら、収量の多い熟練農家のデータを参考に栽培管理し、省力化や収量増が達成できるかを試験しました。その結果、ハウス内の温度が15~35度の範囲だとトウガラシの収量が安定することが分かりました。新規就農者でも、リアルタイムで届く測定データを見ながら、側窓の開閉を行って気温や湿度を調節すれば、熟練農家並みの栽培管理ができるわけです。

同センターは土壌水分センサーの値に連動する自動かん水制御装置の導入試験も行いました。すると品質の良い「秀」クラスが約9%増収になりました。このように測定データに基づく温度管理技術と自動かん水装置を同時に導入することで、初心者でも10aあたり約3.7tの収量があり、導入前に比べて約7割も増えました。機器の導入コスト(10aあたり13万円)を差し引いても、10aあたり約34万円の所得が増えたことになります。生産者たちは「遠出しても温度が確認でき、ハウスの開閉を家族に頼むことができる」などのメリットをあげています。試験を主導した同センターの竹本哲行・主任研究員は「温度や日射、土壌水分などの情報が安価に入手できるようになった効果は大きい。一度試せば、いろいろな活用アイデアがわいてきます」と広く普及することを期待しています。

写真1 : 万願寺トウガラシ
(京都府農林水産技術センター提供)
写真2 : 簡易ICT機器が設置された万願寺トウガラシ
(京都府農林水産技術センター提供)

徳島の春夏ニンジンでも増収

全国でも有数のニンジン産地である徳島県でも、万願寺トウガラシと同様に生育に適した温度管理の難しさが悩みとなっています。春夏ニンジンのミニパイプハウス栽培(写真3)では時期に応じて、フィルムに穴をあけ(開孔)、温度管理を行ってきましたが、経験や暦に頼った管理になりがちで、収量が安定しない生産者が少なくありませんでした。

そこで、徳島県立農林水産総合技術支援センターは、ICT環境情報システム(写真4)を導入し、開孔の方法とハウス内の温度、日射量、風の強さ、ニンジンの生育状況の関係を調べました。その結果、約4カ月の栽培期間中、3回に分けておおざっぱに開孔した場合は急激に温度が変化しやすいこと、そして、7回に分けて少しずつ開孔した場合のほうが根が大きく、収量が増加することが分かりました。

このように開孔を適切に行える開孔支援情報をリアルタイムで生産者に届ける換気支援システムの活用で、10a当たりの収量が、最大で1割増えました。これを徳島県のニンジン産地の平均栽培面積の約2.5haに換算すると、1戸あたり約70万円の売上高増加になります。このシステムの導入に約42万円の経費がかかりますが、1年で十分に回収可能と試算されています。同センターは今後、導入する生産者が増えるよう努力していく方針です。

こうしたICT機器の活用による遠隔測定システムを研究開発してきた農研機構西日本農業研究センターはこれらの成果を普及させるために「簡易な園芸施設における正確な気温の遠隔測定システム標準作業手順書」(公開版、写真5)を作成しました。農研機構のホームページで読むことができます。

写真3 : ニンジン栽培は穴の大きさや個数で気温を調節
(徳島県立農林水産総合技術支援センター提供)
写真4 : ICT環境情報システムの設置状況
(左:ハウス内気温、右:外気温等、徳島県立農林水産総合技術支援センター提供)
写真5 : 作業手順書の表紙

事業名

革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)

事業期間

平成28年10月~令和元年9月

課題名

簡易施設向けICTシステム利用による地域ブランド野菜産地の強化

研究実施機関

京都府農林水産技術センター、徳島県立農林水産総合技術支援センター、農研機構西日本農業研究センター


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