果樹研究所

一押し旬の話題

2014年11月14日

「ふじ」を追い越したくて

リンゴの「ふじ」の季節が、始まった。


リンゴ品種「ふじ」
リンゴ品種「ふじ」

農林省園芸試験場(現:農研機構果樹研究所)が育成した「ふじ」は、1962年にりんご農林1号として農林省(現:農林水産省)に命名登録された。かっては、国の予算で育成した優良な品種には、農林番号がつけられていた(例えば、稲の「コシヒカリ」は1956年に水稲農林100号と命名登録された)。
「ふじ」が、国内リンゴ収穫量の50%を初めて越えたのが、1987年。
世界の主要なリンゴ生産国の生産統計により、「ふじ」が世界で一番生産されているリンゴとわかったのが、2001年。
現在でも、「ふじ」の独走が続いている(平成25年度の国内収穫量で53.5%)。

「ふじ」の国内占有率がここまで伸びた理由を、考えてみると・・・。
それは、勿論、食べて美味しいということが一番であるが、晩生で貯蔵性に優れていたということも大きく影響していると思う。貯蔵性に優れるがゆえに、年明け後も春先までは美味しい「ふじ」が店頭を飾る。その時期の国産果物(ここでは果樹になる果実を「果物」と言っています)といえば、次々出てくる中晩柑が中心となるが、それと並んで「ふじ」が店頭の目の着くところにいつも据えられている。
これが、「ふじ」の強みであり、古い品種なのに未だに国内1位を保ち続けている理由かな?と思う。

「ふじ」を凌駕する品種を育成したい。
それは、リンゴの育種家(品種育成を行っている研究者)誰しもが思っている目標に違いない。
果樹研のリンゴ育種担当者に聞いてみると、果実品質だけで言えば、「ふじ」より美味しい果実が交配実生(いろんな品種を掛け合わせて得られた子供たち)のなかに出てくると言う。ただ、品種にするにはそれ以外の欠点(日持ち性、栽培性、病害抵抗性など。個体により欠点は異なる。)があり、品種として世の中にはなかなか送り出せないとのこと。


「ふじ」の原木
「ふじ」の原木


果樹研では、リンゴ育種担当者は、収穫シーズンに1,000を越える交配実生個体の果実を食べ、その品質を自分の舌(味)と歯(食感)と鼻(香り)で評価する。勿論、果実の評価に重要な糖(甘さ)や酸(酸っぱさ)あるいは硬さ(歯応え)は、機械でも測ることができるが、まずは食べるところから始まる。
その段階で、品質的に劣る系統は淘汰(品種にならないと判断し、樹を伐採)との評価になる。昨年度でいえば、1,090個体を調査し、816個体が淘汰された。
このようにして、育種家の目ならぬ舌に適った(かなった)個体のみが(当然、栽培性も考慮して)有望系統として選ばれ、都道府県の果樹関係試験場で栽培試験を行ってもらい、優秀性を認められば品種としてのデビューになる。

果実品質を評価する育種家のこの「ベロメーター」(ベロとは、舌のこと)については、今だに鮮烈に残っている記憶がある。
だいぶ前になるので詳細は覚えていないが、私が所属していた研究部のセミナーで、ある研究員が味覚試験なるものを行ったことがある。それは、ある食品メーカーの味覚試験を参考にしたもので、甘味、酸味、苦味、塩味、旨味の成分をどんどん希釈してゆき、その希釈率が違ういくつかのサンプルを用意し、どの段階の希釈まで上記5味を識別できるかというものだったと思う。
ちなみに、一番希釈されたものはほとんど水と同じであり(=水か、他の味が混じっているか、識別できない)、舌で違いを感じて識別するというよりは、最初の舌の直感に判断を任せたのだが・・・(何度も飲み比べると、感覚が狂い、どんどんわからなくなる)。
このとき、その識別で上位を占めたのは育種に携わる研究者達だった。自分では、それなりに舌は敏感だと思い込んでいたが、実はそうではなかったのだと思い知らされた。育種家の舌とは、レベルが違った(ちょっとだけ、悔しいと思った)。

日本の果樹の品種改良は、都道府県がオリジナル品種育成に力を注いでいることもあり、民間育種も含め食味の優れた品種がたくさん世の中に送り出されている。育種家は、それらを越える品種を創り出していかなければならず、品種育成のハードルはどんどん高くなる。
それでも、育種家は努力を重ねる、いつか自分(達)の育成した品種を「美味しい」といって世の中の人が喜んで食べてくれることを思い描きつつ・・・。


リンゴ品種「もりのかがやき」
リンゴ品種「もりのかがやき」

果樹研究所では、リンゴの新品種「もりのかがやき」を2011年に品種登録した。果皮が黄色のこの品種の特徴は、大果で甘味が多く、酸味が少なく、香りがあり、とにかく食味の優れた品種である。また、日持ち性も良く、収量が多い。
また、毛色の変わったところでは、赤い果肉のリンゴ「ルビースイート」、「ローズパール」を昨年(2013年)品種登録出願をした。どちらもえぐ味が少なく、糖・酸が「ふじ」並の「ルビースイート」と少し酸味の強い「ローズパール」。
果樹研究所主催の第11回フルーツセミナーを10月末に開催したが、その場で味わった「ローズパール」の生ジュースは、ピンク色の果汁で程良い酸味があり、見た目綺麗で味も良かった。
赤肉リンゴの苗木販売は今秋からなので、消費者の皆様が果実を目にするのはまだまだ先になってしまうが、果実が流通にのる日を楽しみに待っていていただきたい。


赤肉のリンゴ品種「ルビースイート」
赤肉のリンゴ品種「ルビースイート」


赤肉のリンゴ品種「ローズパール」
赤肉のリンゴ品種「ローズパール」

研究センター