プレスリリース
(研究成果) 全世界を対象とした穀物の収量予測情報を提供

- サービスの速報性と予測の精度を確認し本格運用へ前進 -

情報公開日:2021年8月19日 (木曜日)

ポイント

農研機構はAPEC気候センター(APCC)1)と共同で、トウモロコシ、コムギ、コメ、ダイズについて全世界を対象とした収量予測手法2)を開発し、2019年6月から収量予測情報を各国の食糧機関などに毎月提供するサービスを試験運用してきました。今回、米国と12ヶ国3)を対象に本サービスによる2019年産収量の予測精度を検証しました。米国農務省(USDA)や欧州委員会共同研究センター(JRC)による収量予測に比べると、本サービスはやや精度が低いものの、既存の予測が公表される1~6ヶ月前(収穫の3~6ヶ月前)に収量の概況が把握できることが示されました。これらの結果を踏まえ、2023年までにWEBページでの収量予測情報の提供を開始する予定です。

概要

食料のサプライチェーンのグローバル化と気候変動に伴う極端気象の増加により、食料生産を世界規模で予測することがますます重要になってきています。収量予測は国や地域ごとに行われる場合が多く、全世界を対象とした予測はほとんど例がありません。多くの国では食料の輸入割合が増加しており、自国の生産状況の把握に加えて、主要輸出国・輸入国の生産動向を予測する必要性が高まっています。

こうした必要性に応えるため、農研機構はAPEC気候センター(APCC)と共同で、主要穀物について全世界を対象とした収量予測の手法を開発し、2019年6月から各国の食糧機関などに収量予測情報を毎月提供するサービスを試験運用してきました。今回、米国と欧州12ヶ国の2019年産の作物収量について、収量実績との比較から、本サービスが提供する収量予測の精度を検証しました。さらに、米国農務省(USDA)と欧州委員会共同研究センター(JRC)による収量予測との対比も行いました。その結果、本サービスの収量予測は、USDAやJRCによる自国や特定地域を対象とした精緻な調査に基づく既存の予測が公表されるよりも1~6ヶ月早く、収穫の3~6ヶ月前に収量の概況を把握できることが示されました。

本サービスは公益性が高いことから、2023年までに収量予測情報をWEBページで毎月公開する予定です。全世界を対象とした収量予測情報を公表するサービスは世界初の試みです。本サービスにより、食糧機関や輸入穀物を原材料として使用する食品関連企業などは既存の予測情報が利用できる時期よりも早く、また既存の予測と併用することでより幅の広い時期にわたって収量の予測情報を利用することができます。客観的な予測情報の公表は、国際市場における食料の投機的な価格高騰をある程度抑える効果や、気候変動に伴う異常天候がもたらす食料生産ショックへのAPEC加盟国の対応をサポートする公的な役目を果たすことが期待されます。

収量予測精度の評価結果は米国気象学会誌「Weather and Forecasting」に掲載されました。

関連情報

予算 : 運営費交付金、科学研究費 (2016-2020)、文科省 宇宙航空科学技術推進委託費事業(2019-現在)

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構農業環境研究部門 所長 岡田 邦彦
研究担当者 :
同 気候変動適応策研究領域 上級研究員 飯泉(いいずみ)仁之直(としちか)、上級研究員 (キム)元植(ウォンシク)
広報担当者 :
同 研究推進室(兼本部広報部) 杉山 恵

詳細情報

開発の社会的背景

近年、多くの国では食料の輸入割合が増加しており、主要輸出国での不作や主要輸入国での需要の変化、それに伴う国際市場価格の上昇が、食料輸入国が食料を安定的に確保する上で大きなリスクとなっています。干ばつなどの極端気象に起因する主要輸出国の生産影響を予測し、サプライチェーンの各所で予め対策を講じられれば、食料価格の高騰を抑制することにつながると期待されます。このため、全世界を対象とした穀物収量の予測情報が国際機関や食料輸入国の食糧機関などから求められています。

研究の経緯

農研機構はこれまでにAPCCと共同で、主要穀物について全世界を対象とした収量予測の手法を開発しています。本手法では、気温と降水量の気象予測データを元に、トウモロコシ、コムギ、コメ、ダイズの収量を120kmメッシュ単位で、収穫3~6ヶ月前の時点で予測します(図1、手法について詳しくは用語解説2参照)。この手法を利用した収量予測情報を各国の食糧機関などに向けて提供するサービスを2019年から試験運用してきました。本サービスが提供する予測の精度については利用者から多くの質問が寄せられていました。そこで今回、収量の実績データとの比較が可能になった米国と欧州の生産国12ヶ国の2019年産の収量予測について精度を検証し、学術論文として公表しました。
本サービスでは、これから収穫される今作期と前年(同作期)との収量差を直近3年間の平均収量に対する割合で表したものを予測します。直接的な予測対象は収量の前年差ですが、前年までの過去3年間の収量実績値を用いて、利用者の手元で別途、収量の予測値に変換することができます。この方法により得た収量の予測値を今回、評価しました。

研究の内容・意義

  • 米国のトウモロコシ生産州32(収穫 : 9~11月)のうち、USDAが2019年産の予測を最初に公表した時期は同年8月(32州について)に対し、本サービスは同年3月から10州について予測を提供し、32州すべてについて予測を提供したのは同年5月でした(図2)。
  • 米国のトウモロコシについては、本サービスが予測を提供した州数は7月以降減少し、9月以降は予測の提供はありませんでした(図2)。これは、収穫前3ヶ月間の気温と降水量の平均値を収量予測に用いるため、収穫までの期間が3ヶ月未満になった地域を予測対象から除外するためです(図1)。USDAは8月から11月までの間、毎月32州について予測を公表しました(図2)。
  • 米国のトウモロコシについては、本サービスの3月の予測と収量実績値との相関係数は0.726であり、実績値と概ね一致していました(図2)。USDAの予測と比較が可能な8月では、本サービスの予測精度(相関係数は0.879)はUSDAの予測(相関係数は0.976)よりもやや低いものの、USDAが予測を公表する5ヶ月前に本サービスは2019年産について収量の概況を捉えていました。予測値の誤差は3月時点・10州平均で14.4%、8月時点・22州平均で5.9%でした(表1)。
  • 2019年産の欧州のコムギの場合でも、JRCの予測精度よりやや低いものの、本サービスの予測はJRCの予測よりも2ヶ月早い2019年1月から欧州の主要コムギ生産国12ヶ国のうち7ヶ国について収量の概況が把握できることを示しました(図3)。予測値の誤差は1月時点・7ヶ国平均で11%でした(表1)。
  • その他の作物についても特定の国・地域を対象とする既存の予測(USDA、JRC)と比較して、本サービスでは1~6ヶ月早く予測を提供することができました(表1)。

今後の予定・期待

本サービスは2023年までに、WEBページで収量予測情報の毎月公表を開始する予定です。客観的な予測情報を公表することにより、国際市場における食料の投機的な価格高騰をある程度抑える効果が期待できます。現在のところ国際機関や各国の食糧機関が本サービスの主な利用者ですが、輸入穀物を原材料として使用する民間企業が工場でのオペレーションの調整などに予測情報を活用できる可能性があります。

利用上の注意点

本サービスの収量の予測精度は気温と降水量の予測精度に基づくことから、気象の予測精度が高いほど、より早い時点でより高い精度で収量の概況が把握できます。しかし、収穫までに地震など、気象と関連しない災害が発生しないことが条件となります。

用語の解説

APEC気候センター(APCC)
APEC(アジア太平洋経済協力会議)加盟国の政府機関を主な対象として、気温と降水量について季節予測情報を提供する気象機関です。韓国釜山市に拠点を置いています。[ポイントへ戻る]
全世界を対象とした(主要穀物の)収量予測手法
APCCでは毎月20日にAPEC加盟国の10を超える気象機関から提供される気温と降水量の気象予測データを平均化した予測を公表します(予測の公表は2019年10月以前には毎月25日でしたが、同年11月から毎月20日に早まりました)。この気象予測データを農研機構が開発した統計収量モデルに入力し、APCCの高性能コンピュータで収穫3~6ヶ月前に、今期の収量の前年差を収量変動(前年の収量に対して当該年の収量が多いか、少ないか)として予測します(図1)。平年収量ではなく、前年の収量を基準にすることで、気象条件に由来する収量変動を捉えやすくなります。統計収量モデルには栽培時期や灌漑面積割合、気温と降水量に対する収量応答などの作物間差や地域間差などが考慮されています。 (参照:農研機構2019年1月16日プレスリリース「世界の穀物収穫面積の3分の1で 3ヶ月前に収量が予測可能に https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niaes/120985.html) [ポイントへ戻る]
欧州12ヶ国
対象穀物の生産量が100万トンを超える国を対象とした。オーストリア、ベルギー、チェコ、ドイツ、デンマーク、スペイン、フランス、ギリシャ、ハンガリー、リトアニア、ルーマニア、スウェーデン。 [ポイントへ戻る]

発表論文

Toshichika Iizumi, Yonghee Shin, Jaewon Choi, Marijn van der Velde, Luigi Nisini, Wonsik Kim, and Kwang-Hyung Kim (2021) Evaluating the 2019 NARO-APCC Joint Crop Forecasting Service yield forecasts for Northern Hemisphere countries. Weather and Forecasting, 36, 879-891, doi:10.1175/WAF-D-20-0149.1

参考図

図1 本サービスの予測の概略
APCCでは毎月20日に来月以降の将来6ヶ月間の気温と降水量の気象予測データを公表します。公表された気象予測データから予測される収量予測情報を、本サービスでは翌月初旬に提供します。本サービスは、収穫前3~6ヶ月間の気温と降水量の平均値を収量予測に用いるため、収穫までの期間が3ヶ月未満になった場合には予測を行いません。
図2 2019年産の米国トウモロコシの収量予測
それぞれの月の初旬に予測された収量と実績データとの比較。本サービスの予測(NARO-APCC、赤い丸)と米国農務省の予測(USDA、青い三角)の2種類を示します。予測対象は米国のトウモロコシを生産している32州で、それぞれの点は各州の値を示します。図中のnは当該月に予測値が利用可能な州の数です。rは予測値と実績値の間の相関係数であり、1に近づくほど予測精度が高くなります。相関係数の値はデータ数(n)に依存するものの、0.7より大きい場合には強い正の相関があり、予測値と実績値が良く一致していることを示します。
図3 2019年産欧州コムギの収量予測
図2と同様ですが、本サービスの予測(NARO-APCC、赤い丸)と欧州委員会共同研究センターの予測(JRC、緑の斜め十字)の2種類を示します。予測対象は欧州のコムギ生産国のうち近年の生産量が100万トンを超える12ヶ国で、それぞれの点は各国の値を示します。図中のnは当該月に予測値が利用可能な州の数です。予測は冬コムギと春コムギのそれぞれについて行い、収穫面積で重み付け平均した予測収量を実績データと比較しました。

表1 本サービスによる2019年産の穀物収量の予測誤差