プレスリリース
(研究成果) 農地で花粉を運ぶ昆虫を簡単に調査

- 「花粉媒介昆虫調査マニュアル」増補改訂版を公開 -

情報公開日:2022年3月28日 (月曜日)

農研機構

ポイント

農研機構は花粉媒介昆虫1)の調査法を解説したマニュアルの増補改訂版を本日、ウェブサイトで公開しました。花粉媒介昆虫は果樹や果菜の栽培において、花粉を運ぶ大切な役割を担っています。もし生産者自身が野生の花粉媒介昆虫の働きを把握できれば、人工授粉の要不要などを自ら判断することができます。増補改訂版では調査法の簡便化、昆虫写真の充実に加え、全国各地の調査事例を掲載し、より実践的なマニュアルにしました。

概要

受粉が必要な果樹・果菜類の栽培においては、生産を安定させるために人工授粉やミツバチの巣箱の導入が行われています。一方で、野生の花粉媒介昆虫も受粉に役立っていることが知られていますが、その実態を調査するための手法は確立していませんでした。農研機構では共同研究機関とともに受粉に寄与する花粉媒介昆虫の調査手法を開発し、試験研究の支援を主たる目的とした「果樹・果菜類の受粉を助ける花粉媒介昆虫調査マニュアル」を令和2年度末に公表しました。

今年度、より実践的なマニュアルに改良するために、生産者等にマニュアルに沿った調査を依頼し、使用感の聞き取りから課題を抽出するとともに、全国各地で花粉媒介昆虫の訪花回数と果樹・果菜類の結果率の関係を調査しました。得られた情報に基づき、①調査法の簡便化、②花粉媒介昆虫の識別に役立つ写真の追加、③全国各地の調査事例を掲載することにより、マニュアルを大幅に増補・改訂しました。

本日公開した増補改訂版に沿った調査により、果樹4種(リンゴ、ニホンナシ、ウメ、カキ)と果菜2種(カボチャ、ニガウリ)の生産現場で花粉媒介昆虫の種類や訪花頻度を簡単に把握することができます。1回の調査に要する時間は数分から30分程度で、昆虫に関する特別な知識は必要ありません。明らかになった昆虫の種類や個体数を全国各地の調査事例と比較することで、調査地における花粉媒介昆虫の豊かさを相対的に理解することができます。専門家向けの初版とは異なり、平易で読みやすく、昆虫写真も多数掲載されており、生産者にも親しみやすい内容になっています。

野生の花粉媒介昆虫の訪花状況を把握することにより、生産現場の実情に応じて人工授粉などの追加的措置の必要性を判断し、果樹・果菜類の栽培における省力化や低コスト化を進めることができます。

【マニュアル掲載URL】
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/niaes/139079.html

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト「農業における花粉媒介昆虫等の積極的利活用技術の開発」JPJ006239

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構農業環境研究部門 所長岡田 邦彦
研究担当者 :
同 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域
主席研究員加茂 綱嗣
同 植物防疫研究部門 果樹茶病害虫防除研究領域
上級研究員外山 晶敏
広報担当者 :
農研機構農業環境研究部門 研究推進室(兼本部広報部)
杉山 恵

詳細情報

開発の社会的背景

世界の主要な農作物の75%以上は昆虫類や鳥類・哺乳類などの花粉媒介者に依存しています。このような送粉サービス2)をわが国の農業生産について評価すると、約4,700億円に相当すると試算されています。一方、近年の気候変動や生態系の劣化等の影響により、世界的に花粉媒介昆虫の減少が指摘されています。受粉が必要な果樹・果菜類を安定的に生産するためには、野生花粉媒介昆虫の実態を把握し、それらを有効に利用するための知見を蓄積する必要がありますが、その実態を調査する標準的な手法は確立していませんでした。

果樹・果菜類の栽培においては、野生花粉媒介昆虫の受粉に対する寄与が把握できないために、しばしば補助的な人工授粉やミツバチの巣箱導入が行われています。そのため、これらの生産には必要以上に労働力や経費が投入されている可能性があります。このような状況は高齢化が進む生産者にとって経営の継続を困難にするだけでなく、生産規模拡大の障壁になっていると考えられます。

研究の経緯

農研機構では共同研究機関とともに、わが国の主要な果樹としてリンゴ、ニホンナシ、ウメ、カキ、果菜としてカボチャとニガウリを対象とした「果樹・果菜類の受粉を助ける花粉媒介昆虫調査マニュアル」を令和2年度末に公表しました。このマニュアルは公設試や普及機関における試験研究の支援を目的として、各作物の主要な花粉媒介昆虫種群を紹介し、それらの訪花頻度を評価するために確立した標準的な調査手法を解説しています。

今年度、より実践的なマニュアルに改良するために、生産者等にマニュアルに沿った調査の試行を依頼し、調査手順の煩雑さや課題を聞き取りました。その結果、調査手順に困難は伴わないものの、調査に要する時間や労力を軽減してほしいという要望が寄せられました。また、利用者の調査結果を他の調査事例と比較できるように、全国各地の試験場や果樹園・野菜畑での調査を実施し、花粉媒介昆虫の訪花頻度と果樹・果菜類の結果率(実になった花の割合)を明らかにしました。

研究の内容・意義

  • 調査方法を簡便化し、調査者にかかる負担を軽減しました。例えば、ニガウリの標準的な調査法として、昨年度公開したマニュアルでは午前中に4回の調査を推奨していましたが、ミツバチ類やマルハナバチ類などニガウリの主要な花粉媒介昆虫の訪花は早朝に多いため、増補改訂版では早朝を含む1~2回の調査に変更しました。
  • 訪花昆虫の種類を見分ける際に参照できる写真を多数掲載しました(図1)。現場で見つけた訪花昆虫とこれらの昆虫写真を比較することで、大まかに種類を見分けられるようにしました。さらに細かく種類を見分けたい場合には昆虫を捕獲してルーペや顕微鏡で観察する必要があるため、初心者向けの解説記事を新たに追加しました。
  • 全国各地の試験場や生産者の果樹園・野菜畑における花粉媒介昆虫の調査事例を掲載しました(図2)。調査者が得た結果をこれらの事例と比較することで、調査地における花粉媒介昆虫の豊かさを相対的に評価することができます。調査事例には果樹・果菜の結果率も含まれているため、どの程度の訪花頻度であれば十分な結果が期待できるかについての目安を得ることができます。
  • その他、「ハナバチ類の生態」、「ウメと花粉媒介昆虫」、「ウメの交配用蜂の巣箱の設置」、「訪花昆虫と外来種の問題」、「昆虫をもっと観察するために」、「おススメの書籍」など、果樹・果菜類の花粉媒介昆虫についてのコラム(読み物)も充実させました。全体を通して平易で読みやすく、昆虫の写真も数多く掲載されており、農業生産者はもちろん、農業や生態学を学ぶ学生など、一般の方にもご活用いただける内容となっています。

今後の期待

本日公開したマニュアル増補改訂版を活用することで、公設試や普及機関における試験研究だけでなく、生産者自身が果樹園・野菜畑における野生花粉媒介昆虫の訪花状況を把握することが可能になりました。その結果、送粉サービスが十分である場合には授粉管理を省力化し、より経済的な営農を推進できると考えられます。

用語の解説

花粉媒介昆虫
植物の花粉を運んで受粉の手助けをする昆虫のことで、「送粉昆虫」とも呼ばれます。これらと似た用語に「訪花昆虫」もありますが、こちらは花を訪れる昆虫のことで、花粉を運搬しない昆虫も含まれます。[ポイントへ戻る]
送粉サービス
花粉を運ぶ昆虫等(送粉者)が農業生産にもたらす便益を意味し、生態系サービス(食料や水の供給、気候の安定など自然から得られる恵み)の構成要素です。[開発の社会的背景へ戻る]

参考図

図1 カキの訪花昆虫の写真

図2 訪花頻度と結果率の調査事例