プレスリリース
(研究成果) 豚熱およびアフリカ豚熱の同時診断が可能な新しい遺伝子検査法の開発

- 検査の簡便化・迅速化により早期の防疫措置へ貢献 -

情報公開日:2021年11月 1日 (月曜日)

農研機構
タカラバイオ株式会社

ポイント

農研機構動物衛生研究部門とタカラバイオ株式会社は共同で、検体からウイルス核酸を精製1)することなく、豚熱ウイルスとアフリカ豚熱ウイルスの遺伝子を簡便かつ同時に検出可能なリアルタイムPCR法2)を開発しました。この検査法を活用すれば、これまでそれぞれ6時間を要していた豚熱およびアフリカ豚熱の判定・識別を、1回2時間の検査で実施できるようになります。この成果は、豚熱・アフリカ豚熱の迅速な摘発や早期の防疫措置の発動に役立つものと期待されます。

概要

アフリカ豚熱(ASF)は、致死性が極めて高く、未だ治療法や予防法のない豚やイノシシのウイルス感染症です。これまで国内での発生はありませんが、現在、地球的規模で猛威を振るっており、東アジアや東南アジアなど近隣の地域でも続発していることから、その侵入には厳重な警戒が必要です。一方、2018年に26年振りに国内で発生した豚熱(CSF)は、現在も国内の養豚場で発生が相次ぐとともに、野生イノシシでの感染も拡大しています。両疾病はともに家畜伝染病予防法で指定される重要疾病ですが、臨床症状が酷似することから、その診断には遺伝子検査が必要になります。ASFとCSFの防疫措置を確実かつ効果的に実施するには、迅速かつ実用性に優れた遺伝子検査法の開発・普及が必要です。
農研機構とタカラバイオ株式会社は、現在、都道府県の検査施設で汎用されている検査法の大幅な見直しを行い、簡易な前処理のみで検査に供することが可能な抽出試薬や夾雑物による阻害を受けにくいPCR酵素を採用することで、検査材料からのウイルス核酸の精製工程を経ずに、一度の検査で両疾病を同時かつ簡便・迅速に判定することが可能なリアルタイムPCR法を開発しました。
この新たな検査法は、国が定める「特定家畜伝染病防疫指針(令和3年10月1日改正)」の診断マニュアルに記載されているリアルタイムPCR法の一つとして、国や都道府県の病性鑑定施設等において利用されることが期待されます。なお、本検査法に対応するPCR試薬群は、11月1日にタカラバイオ株式会社から発売されます。

関連情報

予算:農林水産省委託研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業」のうち、「官民・国際連携によるASFワクチン開発の加速化」

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長 筒井 俊之
研究担当者 :
同 越境性家畜感染症研究領域
グループ長補佐 國保 健浩、研究員 西 達也
タカラバイオ株式会社 中筋 愛、吉崎 美和
広報担当者 :
農研機構動物衛生研究部門 研究推進部 上級研究員 山田 学

詳細情報

開発の社会的背景

アフリカ豚熱(ASF)は、アフリカ豚熱ウイルス(ASFウイルス)3)による豚やイノシシの熱性出血性伝染病で、極めて高い致死率を特徴とします。現在、ASFの流行が世界的に進み、世界最大の養豚国である中国を含むアジアにも感染が拡大していることから、今後、日本への侵入も懸念されるため、水際検疫などの防疫体制を強化する必要があります。一方、豚熱(CSF)はASFウイルスとは異なる豚熱ウイルス(CSFウイルス)4)による伝染病で、2018年に26年振りとなる発生が国内で確認された後も終息を見ることなく続発しており、2021年10月20日の時点で15県73例の発生が報告されています。このCSFの感染拡大には、豚だけでなく、野生動物、特にイノシシが農場へのウイルスの侵入に極めて大きく関与していることが示唆されており、現在、豚・イノシシ双方への対応が重要課題となっています。ASFとCSFは臨床症状が酷似するため、実用的かつ高精度な遺伝子検査法により、摘発を迅速化し、早期に防疫措置を実施する必要があります(図1)。

研究の経緯

ASFウイルスおよびCSFウイルスは極めて病原性が高いことから、両疾病の速やかな検知、摘発のため、都道府県の家畜保健衛生所では農研機構の協力のもとで従来型のPCR法(コンベンショナルPCR法5))にもとづいた遺伝子検査の体制を構築しています。しかしながら、豚およびイノシシの検査件数が日増しに増加する現状にあって、検査精度を維持しながらも、防疫措置の発動の要否を早期に判断でき、かつ検査者の労力低減に資する、迅速で省力的な遺伝子検査法の開発を望む声が高まっています。そこで、農研機構とタカラバイオ株式会社は、現在の検査法における実用上の課題を克服すべく、新たな検査法の開発に取り組みました。

研究の内容・意義

今回、ウイルス核酸の精製を必要としない豚熱およびアフリカ豚熱の同時検出法を開発するために、タカラバイオ株式会社は同社が保有する遺伝子増幅技術や試料の処理にかかる技術を農研機構に提供し、両者が共同で検査系の開発を行うとともに、家畜由来の検体を用いて当該検査法の性能の実証試験を実施しました。その結果、

  • ASFおよびCSFウイルス遺伝子の検出を目的とするこのマルチプレックスリアルタイムPCR法6)が、従来法と同等以上の感度で両遺伝子を同時に検出できること
  • 検査に採用した前処理法が、血清および臓器乳剤からの核酸の簡易抽出に適していること

が確認されました。
この検査法を活用すれば、これまでそれぞれ6時間を要していたASFおよびCSFの判定・識別を、1回2時間の検査で実施できるようになります(図2)。
以上のことから、本検査法はウイルス核酸の精製を必要とせずにASFおよびCSFウイルスを同時にかつ高感度に検出可能であり、作業工程が大幅に簡素化されることが示されました。

今後の予定・期待

今回開発した検査法は、国が定める特定家畜伝染病防疫指針の診断マニュアルに記載されているリアルタイムPCR法として活用できるだけでなく、より簡便で迅速性が要求される遺伝子検出法としての適性を有することから、従来のPCR法に代わる検査技術として国や都道府県の病性鑑定施設で利用されることが期待されます。
この成果は、国内への侵入が警戒されるASFの侵入防止や早期の清浄化が望まれるCSFに対する効果的な防疫措置の実現への貢献につながるものと期待されます。

用語の解説

ウイルス核酸を精製
検査対象となる試料(ウイルスや細菌、細胞などを含む)から核酸(DNA/RNA)を抽出し、核酸以外の夾雑物を取り除くための前処理工程のひとつ。ウイルスの核酸はタンパク質の殻や脂質から成る膜に覆われているため、ウイルス遺伝子の検出にあたってはこれらを取り除いて核酸を取り出す作業が必要になります。
リアルタイムPCR法
PCR検査においてDNA増幅の過程を反応後ではなくリアルタイムで経時的に検出し、解析する技術です。DNAの増幅過程を連続して観察できるため、反応開始前に試料に含まれていた標的遺伝子量の定量にも適することから、定量的PCR(quantitative PCRまたはqPCR)検査法とも呼ばれています。また増幅後に電気泳動7)を行う必要がないため、解析時間の大幅な短縮が可能です。
アフリカ豚熱ウイルス(ASFウイルス)
アフリカ豚熱の原因となるウイルスで、アスフィウイルス属に属します。家畜伝染病のウイルスとしては例外的に巨大で、多様な遺伝子からなるゲノムDNAが規定する多種類のタンパク質から粒子が構成されます。
豚熱ウイルス(CSFウイルス)
豚熱の原因となるウイルスで、フラビウイルス科ペスチウイルス属の一種。
コンベンショナルPCR法
標的となる遺伝子(鋳型DNA/RNA)またはその一部を耐熱性のDNA合成酵素と標的遺伝子の塩基配列に特異的なプライマーを用いて行う従来型の遺伝子増幅技術です。鋳型がRNAである場合には反応の初期に逆転写(Reverse Transcription: RT)反応によりDNAに変換する必要があるため、コンベンショナルRT-PCRと呼ばれています。反応後に電気泳動を行うことにより、遺伝子の増幅を確認することができます。
マルチプレックスリアルタイムPCR法
1回の反応で複数の標的遺伝子を同時に識別・検知できるリアルタイムPCR法をマルチプレックスPCR法といいます。標的遺伝子ごとに異なる蛍光シグナルが増幅産物の増加とともに増強される様子を、それぞれ異なる検出器で別個に検出することで区別して解析できます。このとき、検査対象となる試料として通常は精製済みの核酸(DNA/RNA)を用いますが、本検査系においてはこの核酸の精製工程は不要で、試料(血清、組織乳剤)を前処理溶液と混和するだけで直接反応系に添加して検査に供することができるため、特にマルチプレックスダイレクトリアルタイムPCR法と呼ばれています。
電気泳動
核酸(DNA/RNA)を分子サイズにより分離・検出する分析方法のひとつです。アガロース等の高分子量のゲルに試料を添加して緩衝液中で電流を流すと、試料の電荷と分子量に応じてゲル内を移動し、移動度の違いを利用して分離、解析できます。

参考図

図1 アフリカ豚熱および豚熱の臨床症状
アフリカ豚熱(左)はDNAウイルスであるアスフィウイルスによる伝染病であり、豚熱(右)はRNAウイルスであるペスチウイルスによる伝染病であってまったく異なる病気であるが、臨床症状は発熱、元気喪失、食欲不振など極めて類似し、診断、鑑別には遺伝子検査が必須である。
図2 新しいアフリカ豚熱(ASF)および豚熱(CSF)の検査法
現行法では、ASFおよびCSFの検査について、試料からの核酸抽出・精製工程を含めてそれぞれ6時間を要しているが、新たに開発した検査法(新規法;右)では2時間でASFとCSFの同時検査が可能になる。