プレスリリース
(研究成果) 豚熱ウイルス野外株とワクチン株を識別できる新たな遺伝子検査法の開発

- 野外株の拡がりや散布ワクチンの有効性の正確な把握に貢献 -

情報公開日:2023年3月22日 (水曜日)

農研機
タカラバイオ株式会社

ポイント

農研機構動物衛生研究部門とタカラバイオ株式会社は共同で、豚熱ウイルス1)野外株とワクチン株とをリアルタイムPCR法2)で識別する手法を新たに開発しました。本法は、現在豚熱の検査に利用されている「豚熱ウイルス・アフリカ豚熱ウイルス識別検査法3)」により「豚熱陽性」と判定されたイノシシが野外株に感染したのか、経口ワクチン4)を摂取したのかを短時間で識別できます。豚熱が流行する我が国にあって、野外株の浸潤状況や散布ワクチンの摂取状況を把握する上で役立つものと期待されます。

概要

現在、我が国では豚熱(CSF)のまん延防止対策の一環として、野生イノシシに免疫力を与えることを目的とした経口ワクチン(餌ワクチン、毒性を弱めた生きたウイルスを含む)の散布が進められています。そのため、散布地域内で豚熱陽性と判定されたイノシシが見つかった場合には、必要に応じて農研機構動物衛生研究部門に材料を送付して遺伝子解析を実施し、野外株に感染した個体であるか経口ワクチンを接種したためウイルスを持つ個体であるかを識別するための検査が実施されます。しかし、この検査は両者の識別に長い時間を要し、かつ高価で煩雑なため実用性に劣ることが課題でした。

そこで、農研機構とタカラバイオ株式会社は、流行中のCSFウイルス(CSFV)野外株と散布したワクチン株を簡便・迅速に識別可能なリアルタイムPCR検査法の開発に取り組み、都道府県の鑑定施設で実施できる検査手順を構築するとともに、この識別検査に適した検査試薬群を開発しました。この試薬群を用いた識別検査法は、2021年11月にタカラバイオ株式会社から発売された「豚熱ウイルス・アフリカ豚熱ウイルス検出試薬」(https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/144474.html)と同様に、簡易な前処理のみで試料を検査に供することが可能であり、実務上は「CSFV陽性」と判定された前処理済みの試料を、新たに試料を調製することなくそのまま続けてこの検査に供することで、そのウイルスが野外株であるかワクチン株であるかを正確に判定できます。本検査による迅速で正確な判定により、散布した経口ワクチンの有効性を確認できることに加えて、野外株による新たな発生であることが確認されれば、素早い防疫対応が可能になります。

この新たな検査法は、国が定める「豚熱に関する特定家畜伝染病防疫指針」の下に定められる「野生イノシシの豚熱検査における野外株とワクチン株の鑑別について」(令和4年3月31日付け3消安第 6955 号動物衛生課長通知)(令和4年9月26日改定)に即したリアルタイムPCR法の一つとして、国や都道府県の病性鑑定施設等において利用されることが期待されます。なお、本手法に対応した検査試薬群は、3月22日にタカラバイオ株式会社から発売されます。

関連情報

予算:農林水産省委託研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業」のうち、「官民・国際連携によるASFワクチン開発の加速化」及び農林水産省委託事業「令和3年度戦略的監視・診断体制整備推進委託事業」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 越境性家畜感染症研究領域 研究領域長國保 健浩
同 越境性家畜感染症研究領域 主任研究員西 達也
タカラバイオ株式会社中筋 愛、吉崎 美和
広報担当者 :
農研機構動物衛生研究部門 研究推進部 上級研究員山田 学
タカラバイオ株式会社広報・IR部

詳細情報

開発の社会的背景

CSFはCSFVによる伝染病で、2018年に26年振りとなる発生が国内で確認されて以降、2023年3月10日現在までに18都府県86例の発生が報告されています。このCSFの流行拡大には、野生動物、特にCSFVに感染したイノシシを介する農場へのウイルスの侵入が極めて重要なリスク要因であると指摘されており、現在、ウイルスの流行地域では、野生イノシシを対象にしてCSFに対する免疫力を賦与するための経口ワクチン(餌ワクチン)の散布が進められています。そのため、散布地域において豚熱検査「陽性」と判定されたイノシシが見つかった場合には、農研機構動物衛生研究部門に材料を送付して遺伝子解析を実施し、その結果に基づいて野外株であるのかワクチンに含まれていた株であるのかを判定することになります。

研究の経緯

遺伝子解析検査によりCSFVの塩基配列を決定するには、都道府県の病性鑑定施設から農研機構動物衛生研究部門へ検査材料を送付した後、高額な解析装置を用いて、1~2日を要する煩雑な検査を実施する必要があります(図1)。しかしながら、豚やイノシシの検査件数が日増しに増加する現状にあっては、防疫措置の発動の要否を早期に判断でき、かつ検査者の労力低減に資する、正確、迅速で省力的な識別検査法の開発を望む声が日々高まっています。

そこで、農研機構とタカラバイオ株式会社は、現在の検査法における実用上の課題を克服すべく、新たな検査法の開発に取り組みました。

研究の内容・意義

現在国内で流行する野外株とワクチン製造に用いられるワクチン株は遺伝子の配列が僅かに異なり、異なる遺伝子型に分類されます。そのため、本検査法では、異なる遺伝子配列をもつ流行株(遺伝子型2)とワクチン株(遺伝子型1)の配列の違いに基づいて遺伝子型1のCSFV由来の標的遺伝子のみを特異的に増幅する反応と、全てのCSFVが共通して有する標的遺伝子を増幅するPCR反応を同時に行います。その結果、ワクチン株では遺伝子型1に特異的な増幅とCSFVを広く検出する増幅が共に陽性となる一方で、野外株ではCSFVを広く検出する増幅反応のみが陽性となります(図2)。

タカラバイオ株式会社は同社が保有する遺伝子増幅技術や試料の処理にかかる技術を農研機構に提供し、両者が共同で検査法の開発を行うとともに、家畜由来の検体を用いて当該検査法の性能の実証を行いました。その結果、本検査法で得られる結果が、従来の遺伝子検査の結果と完全に一致することが確認されました。

この検査法を活用すれば、概ね2.5時間以内に完了する1度の増幅反応により現在国内で流行するCSFV野外株とワクチンに由来するワクチン株とを識別することができ、通報から検査の完了までに1~2日を要する従来の遺伝子解析検査に比べて、判定に要する時間を大幅に短縮することができます。

今後の予定・期待

今回開発した検査法は、国が定める「豚熱に関する特定家畜伝染病防疫指針」の下に定められる「野生イノシシの豚熱検査における野外株とワクチン株の鑑別について」(令和4年3月31日付け3消安第 6955 号動物衛生課長通知)(令和4年9月26日改定)に即したリアルタイムPCR法の一つとして、国や都道府県の病性鑑定施設等において利用されることが期待されます。

この成果は、豚熱野外株の正確な検出やワクチンによる免疫付与状況の迅速な把握に役立つものと期待されます。

用語の解説

豚熱ウイルス(CSFウイルス)
豚熱の原因となるウイルスで、フラビウイルス科ペスチウイルス属の一種です。[ポイントへ戻る]
リアルタイムPCR法
増幅したい遺伝子(標的遺伝子)をはさむように一組の短いDNA鎖を設計し、これを起点にして耐熱性のDNA合成酵素を反復して作用させることにより標的遺伝子を合成、増幅する方法をPCR(polymerase chain reaction)法といいこのうち、特に標的遺伝子の増幅過程を専用の検出機器でリアルタイムに検出、解析するPCR法をリアルタイムPCR法と呼びます。この方法では、標的遺伝子の増幅過程を連続して観察、記録することで反応開始前の試料に含まれていた標的遺伝子量を定量することが可能なため、定量的PCR(quantitative PCRまたはqPCR)法と呼ばれることがあります。通常のPCR法と違い、反応後に電気泳動を行って標的遺伝子の増幅の有無を確認する必要がないため、検査時間を大幅に短縮できます。[ポイントへ戻る]
豚熱ウイルス・アフリカ豚熱ウイルス識別検査法
検体からウイルス由来の核酸を精製することなく、豚熱ウイルスとアフリカ豚熱ウイルスの遺伝子を簡便かつ同時に検出することを可能にするリアルタイムPCR法。農研機構とタカラバイオ株式会社が共同開発し、2021年11月1日に販売が開始されました。簡易な前処理のみで検査用の試料調製が完了すること、抽出試薬や混入した不純物による阻害を受けにくいPCR酵素を利用していることに加え、1度の増幅反応で複数の標的遺伝子を同時に増幅・識別・検知できるマルチプレックスPCR法を採用しています。これにより、臨床症状が酷似する両疾病を同時に検査し、判定することが可能です。[ポイントへ戻る]
豚熱経口ワクチン(餌ワクチン)
野生イノシシに豚熱に対する免疫力を与えることにより、環境中でのウイルスの拡大を阻止し、ウイルス濃度を低減させることを目的に散布される餌型のワクチン剤で、豚熱ウイルス陽性の野生イノシシが棲息する地域を中心に野外散布が行われています。野生イノシシには注射によるワクチン接種が難しいため、イノシシが嗜好性を示すトウモロコシ等を原料とした被包材に生ワクチン液(毒性を弱めた生きたウイルスを含む)を封入した、「食べる」ワクチン剤が用いられます。[ポイントへ戻る]

参考図

図1 従来法と新規法の検査工程および検査時間の比較
従来法(上段)では豚熱の検査から陽性の確定まで約6時間、さらに野外株とワクチン株とを判別するには、農研機構動物衛生研究部門(動衛研)に試料を移送した後、遺伝子解析(所要6~10時間)に供して塩基配列の違いを確認する必要があるが、新規法(下段)では簡易な試料調製の後に、「豚熱ウイルス・アフリカ豚熱ウイルス識別検査法」による検査を実施し、「豚熱ウイルス陽性」と判定された場合には、先に簡易な試料調製を行った試料をそのままこの判別検査に供することで、2.5時間ほどで検査を完了できる。
図2 豚熱ウイルス野外株・ワクチン株の識別用リアルタイムPCR法の概略