プレスリリース
(研究成果) 雪の下で作物を腐らせる「雪腐病(ゆきぐされびょう)」の謎に迫る

- 実験植物を使って雪腐病菌への強さを調べられる実験系を開発 -

情報公開日:2021年10月21日 (木曜日)

農研機構
北海道大学
八戸工業大学

ポイント

雪腐病1)は、麦類や牧草を枯らす重要病害です。農研機構は、北海道大学、八戸工業大学と共同で、実験植物であるシロイヌナズナ2)に感染する雪腐病菌を初めて特定し、シロイヌナズナを用いて雪腐病菌に対する植物の抵抗性を評価する実験系を開発しました。本実験系によりこれまで不明であった雪腐病菌の感染に対して植物が抵抗する仕組みの解明が進み、その知見に基づいて強い雪腐病抵抗性をもつコムギやオオムギ、牧草等の品種や雪腐病の防除技術の開発が進むと期待されます。

概要

北海道や北陸など作物が長期間積雪下におかれる地域では、「雪腐病」と呼ばれる病気が雪の下で発生します。雪腐病は、主にコムギやオオムギ、牧草で顕著に観察され、これらの植物では春の雪解けとともに文字通り腐った葉っぱが顔を出します。雪腐病の防除には、農薬を根雪の直前に散布する必要がありますが、散布時期の見極めは容易ではありません。そこで、雪腐病に強い品種を育成することが強く求められています。しかし、雪の下で起こる病気のため、品種育成の基盤となる雪腐病菌の感染の仕方や植物がもつ抵抗性の仕組みなどの基礎的な現象の解明があまり進んでいません。

そこで、本研究では抵抗性の仕組みを解明する第一歩として、実験植物であるシロイヌナズナに感染する雪腐病菌を特定し、シロイヌナズナを用いて雪腐病菌に対する植物の抵抗性を評価できる実験系を開発しました。また、開発した実験系を用いて、雪腐病菌に対する抵抗性が低温馴化3)により向上することを明らかにしました。さらに、植物ホルモンのジャスモン酸4)は抵抗性を強化し、別の植物ホルモンのエチレン5)はそれを抑制する働きをすることが明らかになりました。

シロイヌナズナは遺伝子の変異株などの実験に必要な様々な研究資源が整備されているため、今後、本実験系を用いることにより抵抗性の仕組みが解明され、雪腐病抵抗性をもつコムギやオオムギ、牧草等の品種の育成が進展すると期待されます。

関連情報

予算:運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 所長吉永 優
研究担当者 :
同 作物ゲノム編集研究領域 グループ長今井 亮三、上級研究員佐々木 健太郎
北海道大学 農学研究院 准教授佐分利 亘
八戸工業大学 工学部 教授星野 保
(研究当時:産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門)
広報担当者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 研究推進部古澤 軌
北海道大学 総務企画部 広報課 広報・渉外担当
八戸工業大学 社会連携学術推進室畑中 ひとみ

詳細情報

開発の社会的背景

北海道などの積雪地帯では、コムギやオオムギ、牧草などの越冬性植物は長期間積雪下におかれるため、「雪腐病」による被害を受けます(図1)。雪腐病は被害が大きくなると作物が枯死してしまうため、一般的に農薬による防除が毎年行われています。農薬の散布時期としては根雪直前が望ましいのですが、根雪が予想より早まった場合は農薬の散布が行えず、逆に遅れた場合には,散布後の降雨や融雪により農薬が流出して薄まり、効果が低下します。

そのため、雪腐病に強い(抵抗性をもつ)コムギやオオムギ、牧草品種の開発が望まれています。しかし、積雪の深さや場所などの環境的要因により被害の程度が異なるため、品種改良に利用できるような抵抗性をもつ個体を選抜するのは非常に困難であり、効率的な抵抗性品種の作出法や防除技術の開発が求められています。

研究の経緯

植物は病原菌の侵入に対して積極的に抵抗する手段をもっているため、その抵抗性の仕組みの解明は雪腐病に抵抗性をもつ品種の育成に大きく寄与すると考えられます。しかし、雪腐病菌は目に見えない積雪下で感染が進行するため、他の植物病原菌と比べて抵抗性の仕組みに関する知見が少ないのが現状です。そこで、実験植物であるシロイヌナズナを用いて実験室内で雪腐病菌に対する抵抗性を評価できる実験系の開発に取り組みました。シロイヌナズナに感染する雪腐病菌はこれまで見つかっていなかったため、まず、シロイヌナズナに感染する雪腐病菌を探すことから始めました。

研究の内容・意義

  • シロイヌナズナに感染する雪腐病菌を単離するため、理研BRC(https://web.brc. riken.jp/ja/)から購入した日本及び海外で採取されたシロイヌナズナの生態型(自生する地域の環境に合わせて性質が分化した集団)18種を北海道農業研究センター(札幌市)において、野外で越冬させました。春の雪解け後に各生態型の葉を回収し、シロイヌナズナに感染する雪腐病菌の単離を試みた結果、北海道恵庭市で採取されたEniwa株のみが雪腐病に感染し、その葉から3種の雪腐病菌(雪腐黒色小粒菌核病菌、雪腐褐色小粒菌核病菌、雪腐菌核病菌)が分離されました(図2)。
  • 単離した雪腐黒色小粒菌核病菌は、実験室条件ではシロイヌナズナのコロンビア株(研究で最も広く使われている標準系統株)にも感染することが判明したため、シロイヌナズナのコロンビア株を用いて「雪腐病菌に対する植物の抵抗性」を実験室内で評価できる実験系が開発されました(図3)。
  • 本実験系により、コムギ等で報告されていた、低温馴化により雪腐病菌に対する抵抗性が向上する現象がシロイヌナズナにおいても初めて確認されました(図4)。
  • 低温馴化により植物の雪腐病抵抗性が向上する原因を明らかにするため、シロイヌナズナの植物ホルモン関連遺伝子の変異株を用いて低温馴化前後の雪腐病抵抗性を調査しました。その結果、ジャスモン酸が働かない変異株(jar1)では低温馴化による雪腐病抵抗性の向上が認められませんでした(図5)。このことから、ジャスモン酸は低温馴化による雪腐病抵抗性の獲得に必要であることが示されました。一方、エチレンが働かない変異株(ein2)では低温馴化による雪腐病抵抗性が野生株より向上することが明らかとなりました(図5)。エチレンは雪腐病抵抗性の獲得において抑制因子(ブレーキ役)として働いていると考えられます。

今後の予定・期待

本研究で開発した「雪腐病菌に対する抵抗性をシロイヌナズナで評価できる実験系」を用いることにより、複数の植物ホルモンが雪腐病抵抗性に関与することが示唆されました。今後、植物の生理機能に関与する変異株に雪腐病菌を感染させた時の遺伝子の発現やタンパク質量の変動などを野生株と比較することにより、雪腐病抵抗性の仕組みの解明と抵抗性に寄与する重要遺伝子の特定が可能になると考えられます。同定した重要遺伝子を交配育種やゲノム編集、農薬開発のターゲットとすることにより、雪腐病に対して強い抵抗性を有するコムギやオオムギ、牧草等の作物品種の育成や防除技術の開発が期待されます。

用語の解説

雪腐病
積雪下で蔓延する好冷性糸状菌(カビ)等による植物の病害の総称であり、麦類や牧草を枯らす重要病害として知られています。[ポイントへ戻る]
シロイヌナズナ
越冬性の草本植物で、世界中に広く自生しています。植物体が小さい、世代時間が短い、変異体などの研究資源が豊富、自殖性であるなど植物を研究する上で多くの利点をもつため、実験植物として世界中で研究に用いられています。[ポイントへ戻る]
低温馴化
越冬性植物が晩秋の低温を感知し、越冬に必要な耐凍性(凍結に耐える能力)および病気に対する抵抗性を向上させる現象。[概要へ戻る]
ジャスモン酸
植物ホルモンの1つであり、細菌や糸状菌の感染に対する抵抗性反応において重要な働きをもつことが知られています。[概要へ戻る]
エチレン
果実の熟成を促進させる植物ホルモンとして知られていますが、病気に対する抵抗性への関与も報告されています。[概要へ戻る]

発表論文

  • Kuwabara C*, Sasaki K*, Umeki N, Hoshino T, Saburi W, Matsui H, Imai R. A model system for studying plant-microbe interactions under snow. Plant Physiology, Volume 185, Issue 4, 2021, Pages 1489-1494,
    https://doi.org/10.1093/plphys/kiab027.
    *co-first authors

参考図

図1 春の雪解け後に見られる雪腐病菌の感染により枯死したベントグラス(寒地型芝草)
枯死した植物の上に見られる褐色の塊は、雪腐病菌の菌糸が集まってできた菌核と呼ばれる菌の一形態です。
図2 野外試験によるシロイヌナズナに感染する雪腐病菌の単離
雪腐病菌を感染させるため、18種類のシロイヌナズナ生態型を野外(北海道札幌市)で生育し、積雪下で越冬させました。春の雪解け後に葉を回収し、雪腐病菌の単離を試みた結果、唯一Eniwa株(北海道恵庭市で採取)において葉から黒色小粒菌核病菌等の雪腐病菌が単離されました。
図3 単離した雪腐黒色小粒菌核病菌を用いた雪腐病抵抗性の実験系の概要
図4 実験系を用いて低温馴化前後のシロイヌナズナに雪腐病菌を感染させた時の葉の病斑面積
図5 植物ホルモンの働きに異常があるシロイヌナズナ変異株を用いた雪腐病抵抗性が低温馴化により強化される仕組みの解析
ジャスモン酸が働かない変異株(jar1)では、低温馴化後の抵抗性の強化が観察されませんでした。一方、エチレンが働かない変異株(ein2)は野生株と比較して病斑面積が著しく縮小していました。このことから、ジャスモン酸は抵抗性の獲得に働き、逆にエチレンは抵抗性の獲得にブレーキをかけている可能性が示唆されました。