プレスリリース
(研究成果) ブドウ収穫後の着色改善方法の標準作業手順書を公開

情報公開日:2022年2月17日 (木曜日)

ポイント

農研機構は、収穫後のブドウの着色を光と温度を用いて効果的に改善する方法を記載した標準作業手順書(SOP)1)を作成し、2月17日にウェブサイトで公開しました。収穫時に糖度が十分に高く食味が良好であるにもかかわらず、着色不良になったブドウの果皮色を改善する処理条件などを記載しています。

概要

ブドウ果皮色の良否は、市場価値に直結する重要な果実形質の一つです。しかし、現在普及しているブドウの着色系品種2)では、温暖化による果実成熟期の高温の影響により着色不良となるケースが増加しています。ブドウでは、糖度が十分で食味良好でも色ムラなどの外観の問題で等級が下がるため、着色不良は生産者の悩みの種です。このことから、簡便で効果的に着色を改善できる技術の開発が求められています。これまでにブドウの着色改善技術として、環状はく皮や摘葉処理など、栽培期間中の果実を対象とした技術が開発されています。しかし、「収穫後」の果実を対象とした実用的な着色改善技術はありませんでした。
そこで私たちは、収穫後のブドウの着色を改善するために光と温度の処理条件を明らかにするとともに、収穫後のブドウの着色を光と温度を用いて効果的に改善する果実発色促進装置を共同開発し、リーフレットなどにより技術を紹介してきました。
このたび、収穫後のブドウの着色改善技術についての詳細な説明書であるSOPを作成し、2月17日、農研機構の以下のウェブサイトに公開しました。
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/151097.html
本SOPは、(1)収穫後の果実の着色改善を実現できる装置の開発・販売を検討するメーカー向けの技術情報を提供するとともに、(2)果実発色促進装置の購入・利用を検討している果樹生産者、市場・流通業者、普及指導機関を主なユーザーとして想定しています。

関連情報

予算:生研支援センター革新的技術開発・緊急展開事業(うち先導プロジェクト)「国産果実の供給期間拡大を目指した鮮度保持・栽培技術の開発」
特許:第6781991号

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構果樹茶業研究部門 所長 湯川 智行
研究担当者 :
同 果樹品種育成研究領域 上級研究員 東 暁史
広報担当者 :
同 研究推進部研究推進室 果樹連携調整役 大崎 秀樹

詳細情報

開発の社会的背景

ブドウの果皮色は、商品価値に直結する重要な果実形質です。しかし、現在普及している着色系品種の多くは、温暖化の影響により着色不良が多発しています。ブドウでは糖度が高く食味良好でも、着色不良などの外観の問題で等級が下がり生産者の所得に影響が出るため、大きな問題となっています。
ブドウの着色不良が多発する地域では、その対策として、果実の生育期間中の環状はく皮や摘葉処理などが行われることがあります。しかし、これらの技術は作業が煩雑であることや処理時期の見極めが難しいことから、高付加価値販売を目指す生産者や収穫後の果実を取り扱う流通業者などでも簡便に利用できる技術の開発が求められていました。

研究の経緯

農研機構が代表を務めた先導プロジェクト((果樹供給拡大)2016~2020年度)では、収穫後のブドウ果実に対して"光照射"と"15~20°Cの温度処理"を5~9日間行うことで、効果的にブドウの果皮色が改善することを明らかにしました。さらに、得られた知見を基に収穫後のブドウの着色を実用レベルで改善する果実発色促進装置を山口県産業技術センターなどと共同開発しました。新たに開発した装置は、上記プロジェクト以前に開発された装置を基本技術として、青色チップLEDを多数配置した面光源、面光源と果実までの距離を調整可能なフレーム、温度制御のための容器で構成されており、これらの構成品を調整することで、形状や大きさが異なるブドウの着色促進が可能です。これまではリーフレットなどにより果実発色促進装置の紹介と普及に努めてきましたが、より一層の普及を図るために、内容をより実践的な標準作業手順書(SOP)として充実させました(図1)。

研究の内容・意義

収穫後のブドウの着色改善技術を実際に導入するための手順書である本SOPは、(1)収穫後の果実の着色改善を実現できる装置の開発・販売を検討するメーカー向けの技術情報の提供、(2)果実発色促進装置の購入・利用を検討している果樹生産者、市場・流通業者、普及指導機関への使用方法の解説を目的に作成されています。

  • I~II章では、ブドウの着色不良の要因を解説するとともに、収穫後のブドウの着色改善に適した光と温度処理条件を説明しています(図2)。
  • III章では、光と温度処理による収穫後の着色改善効果が高い品種を紹介するとともに、処理による果皮色以外の果実品質への影響、果実糖度が着色改善効果に及ぼす影響を説明しています。参考として、冷蔵貯蔵後の着色改善事例も紹介しています。
  • IV章では、実用化技術開発の一例として、青色LED3)が搭載された果実発色促進装置(図3)の概要とその使用方法について説明しています。装置によるブドウの着色改善効果(アントシアニン4)色素の蓄積)を示すとともに(図4)、粒売りブドウを例とした装置の使用手順について詳しく解説しています。
  • V章では、参考データとして、光と温度処理による着色改善機構について遺伝子レベルでの解説、果実糖度が収穫後の着色改善に及ぼす遺伝子発現の影響を紹介しています。
  • 巻末には、本SOPにおける関連用語の解説、参考資料などが掲載されています。

今後の予定・期待

本SOPにより果実発色促進装置を活用したブドウの着色改善技術が普及することで、果実の品質向上による生産者の所得増加が見込めます。さらに、本技術は着色良好果の生産の安定化につながり、生産・流通段階でのブドウの廃棄量を減らすことができることから、SDGs5)の目標の一つである食品ロス6)の軽減への貢献が期待されます。今後は、ブドウ以外の果樹や果菜類に本技術を応用するために、処理中の光質7)や光量などの検討を進め、より幅広い品目において、効率的に品質が保持・向上できる技術の開発を進めます。

用語の解説

標準作業手順書(SOP: Standard Operating Procedures)
技術の必要性、導入条件、具体的な導入手順、導入例、効果などを記載した手順書。農研機構は重要な技術について作成し、社会実装(普及)を進める指針としています。
着色系品種
ブドウの果皮にアントシアニン色素が蓄積することで、果皮色が黒や赤色になる品種。果皮に蓄積するアントシアニン含量が遺伝的に多い品種は黒色(「巨峰」、「ピオーネ」など)、含量が遺伝的に少ない品種は赤色(「安芸クイーン」、「クイーンニーナ」など)となり、アントシアニンを蓄積しない品種は黄緑色のブドウ(「シャインマスカット」など)となります。収穫時に品種本来のアントシアニン含量に満たないものが着色不良果となります。
LED(Light Emitting Diode)
電圧をかけた際に発光する半導体素子。材料の違いにより、赤、緑、青など、様々な色に発光します。寿命が長く、消費電力が白熱電球の10分の1で省エネかつ低発熱です。
アントシアニン
植物界において広く存在するフラボノイドの一種で、花や果実の色を表現する色素体。ブドウ果皮に蓄積するアントシアニンの含量と組成は品種間で大きく異なり、これが果皮色の多様性(黒、赤、黄緑色など)を生み出しています。
SDGs(Sustainable Development Goals)
2015年9月の国連サミットにおいて採択された、持続可能な開発のための2030アジェンダに掲げられた「持続可能な開発目標」。経済・社会・環境のバランスがとれた社会を目指す世界共通の目標として、17のゴールと各課題に設定された計169のターゲットから構成されています。
食品ロス
本来食べられるのに捨てられてしまう食品。国内における食品ロスの量は令和元年度推計値で年間570万tであり、国民1人当たりの食品ロス量は年間で約45kgにもなります。
光質
植物表面に達する光の波長分布特性。青色から赤色の波長域に相当する光放射は、植物生長への影響が大きいとされています。可視光においては、青(430~490 nm)、緑(490~550 nm)、黄(550~590 nm)、橙(590~640 nm)、赤(640~770 nm)として認識されます。

参考図

図1 収穫後のブドウの着色改善標準作業手順書
図2 収穫後の光照射と温度処理条件が赤色ブドウ品種「クイーンニーナ」の果皮色に及ぼす影響
処理期間:9日
図3 果実発色促進装置(粒売りブドウ用)の基本構造
図4 果実発色促進装置による照射前後のブドウ果房(A)、果粒(B)の果皮色の比較
処理期間:7~9日