プレスリリース
(研究成果) サツマイモ基腐病菌の新しい検出・同定技術を開発

- リアルタイムPCRにより迅速かつ正確な診断が可能に -

情報公開日:2021年8月27日 (金曜日)

農研機構

ポイント

農研機構は、近年、発生が確認され被害が拡大しているサツマイモ基腐病(もとぐされびょう)1)の病原菌を検出・同定する新たな技術を開発しました。この技術を用いると、国内に広く発生する類縁菌と基腐病菌を迅速かつ正確に区別して検出・同定できます。サツマイモ基腐病の迅速・高精度診断を可能にすることで、同病の被害の拡大阻止に貢献します。

概要

サツマイモ基腐病(基腐病)は、サツマイモが感染すると地際から発症して枯死するほか、塊根の腐敗を引き起こすため、産地に深刻な被害をもたらします。感染した種苗や罹病残さの移動により発生域が拡がると考えられています。我が国では2018年に初めて発生が確認され、現在は19都県において発生が確認されています。農研機構では、基腐病の発生地域の拡大を阻止し、既発生地域の被害を抑えるための対策技術の開発に取り組んでいます。このたび、本病の早期診断を可能とする、病原菌の新たな検出・同定技術を開発しました。

以前より我が国では国内の広い地域に基腐病の病原菌(基腐病菌)の類縁種であるサツマイモ乾腐病(かんぷびょう)2)(乾腐病菌)も分布しており、主に塊根が貯蔵中に腐敗する被害が知られていました。一方、基腐病はまだ国内の限られた地域でのみ発生しており、生育期にほ場で蔓延し既存の乾腐病より深刻な被害を産地にもたらすため、ほ場での防除に加えて種苗を通じた未発生地域への蔓延防止のためにも、疑わしい症状が発見された場合は、乾腐病と区別して直ちに適切な対応を取る必要があります。しかし、基腐病菌と乾腐病菌は形態的に類似しており、正確な原因究明には2週間ほどかかっていました。

そこで農研機構では、両種をそれぞれ特異的に検出できるDNAプライマーを用いたリアルタイムPCR3)により、最短約1日で基腐病菌と乾腐病菌を高精度に検出・同定する技術を開発しました。

本技術を活用することにより、発生を早期に把握して適切な防除対策を講ずることができて発生域拡大の抑制につながるほか、既発生地域の産地を回復するための新たな防除技術開発のスピードアップが期待されます。本技術は、すでにいくつかの県での初発生の農研機構による確認に利用されており、今後は都道府県などでの利用が期待されます。

関連情報

予算 : 生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業「産地崩壊の危機を回避するためのかんしょ病害防除技術の開発」

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構植物防疫研究部門 所長 眞岡 哲夫
同 九州沖縄農業研究センター 所長 森田 敏
研究担当者 :
同 植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域 主任研究員 藤原 和樹
同 九州沖縄農業研究センター 暖地畑作物野菜研究領域 上級研究員 井上 博喜
広報担当者 :
同 植物防疫研究部門 行政連携調整役 宮田 伸一
同 九州沖縄農業研究センター 広報チーム長 仲里 博幸

詳細情報

開発の社会的背景

サツマイモ基腐病(基腐病)は2018年に国内初確認され、現在は九州から東北まで19都県(8月25日現在) において発生が確認されています。生育中のサツマイモが感染すると株の地際の茎が黒変し、葉が黄変・赤変して萎凋・枯死するため塊根の収穫ができません(図1)。塊根が感染すると種イモから苗を作る苗床でも発生します。また、感染植物の土壌中の残さが次作の感染源となることから、産地における被害は甚大となり、発生拡大を阻止し産地を回復する技術の開発が強く求められています。

研究の経緯

農研機構は、本病の防除技術の開発をめざし、令和元年から宮崎県、鹿児島県、沖縄県と共同でイノベーション創出強化研究推進事業「産地崩壊の危機を回避するためのかんしょ病害防除技術の開発」に取り組んでいます。もともと日本に広く生息している乾腐病菌は、菌の形態的特徴などが基腐病菌と良く似ており、顕微鏡観察で正しく見極めるためには菌の分離・人工培養に2週間以上かける必要がありました。そこで、産地での被害がより深刻な基腐病に対して直ちに適切な防除対策を講じるため、これら両病原菌の正確かつ迅速な検出・同定技術を開発しました。

研究の内容・意義

  • 基腐病菌と乾腐病菌を特異的に検出するDNAプライマーの設計
    基腐病菌、乾腐病菌のrRNA遺伝子4)のITS1領域およびITS2領域の塩基配列から、両菌を特異的に検出できるDNAプライマーを新たに設計しました(表1)。
  • 基腐病菌と乾腐病菌の高感度な検出
    新たなDNAプライマーを用いたリアルタイムPCRにより、両菌を高感度(0.0005 ng/µl以上)かつ定量的に検出できるようになりました。乾腐病菌と基腐病菌が重複感染している状況を想定し、両菌のDNAの濃度比を変えて混合すると、片方のDNA濃度がもう一方のDNA濃度の1万分の1でも定量的に検出できました(図2A)。また、感染植物からの検出を想定し、サツマイモのDNAと両菌のDNAの濃度比を変えて混合すると、菌のDNA濃度がサツマイモのDNA濃度の1万分の1でも同様に定量的に検出できました(図2B)。
  • 感染サツマイモ植物体からの検出
    本手法では、基腐病の汚染ほ場で栽培したサツマイモの茎および塊根に症状が出ている場合、基腐病と乾腐病に重複感染していても両者を正確に診断できます。なお診断には、茎では5~10mmほど、塊根では7mm角ほどの試料を用い、最短で約1日かかります。

今後の予定・期待

本技術の活用により、サツマイモの茎や塊根の感染を迅速かつ正確に診断できるため、生産ほ場における基腐病発生の早期把握による徹底した初期防除・まん延防止対策の実施に役立ちます。さらに既発生地域では防除対策による発病抑制効果の検証に利用可能で、今後、産地回復を可能とする対策技術とともにイノベーション創出強化研究推進事業の成果マニュアル「サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策」の改訂版に記載し普及する予定です。

この公開情報により、農研機構以外の都道府県研究所等でリアルタイムPCRの設備があるところでは、どこでも診断が可能となります。

症状がまだ現れていない試料の一部からも実験室レベルでは基腐病菌を検出できており、今後、種イモ等のスクリーニング技術などの開発にも取り組む予定です。

なお、本技術を活用したい公設試験研究機関等において、さらに詳細をお知りになりたい場合には、農研機構にご相談ください。

用語の解説

サツマイモ基腐病(もとぐされびょう)
糸状菌(Diaporthe destruens)によるサツマイモの病害で、名前の由来は地際(株元)が黒く腐ることによります。発病が進むと地下部では塊根がなり首から腐敗し、地上部は枯死します。感染した種イモも感染源となり、また症状がみられなかった塊根でも貯蔵中に腐敗することがあります。[ポイントへ戻る]
サツマイモ乾腐病(かんぷびょう)
糸状菌(Diaporthe batatas)によるサツマイモの病害で、貯蔵中の塊根を腐敗させるなどの被害が知られています。20世紀初頭に初めて報告され、我が国では本州や九州などで乾腐病菌が確認されていますが、詳しい分布は明らかになっていません。[概要へ戻る]
リアルタイムPCR
PCRとは、耐熱性DNA合成酵素を用いて人工的に特定のDNA断片を増幅する技術で、微量のDNA試料から標的とするDNA断片を検出でき、病気の診断等にも用いられます。このPCRでは通常、20~40サイクルの反復反応を行います。リアルタイムPCRでは、その各サイクルごとに増幅されたDNA量を測定・観察することで、もとの試料中に含まれる標的DNAを検出・定量できます。このとき、標的DNAを検出できたと判断するサイクル数をCt値と呼びます。[概要へ戻る]
rRNA遺伝子、ITS領域
rRNAは細胞内でタンパク質を合成する装置(リボソーム)の一部です。rRNA遺伝子はどの生物にも必須なため進化の過程で高度に保存されていることから、rRNA遺伝子やその周辺領域の塩基配列に起こった変異を比較することで、生物種の系統分類ができます。その一部であるITS領域では、比較的、変異が起こりやすく、PCRによる特異的な検出や分類・同定によく利用されます。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

参考図

図1. サツマイモ基腐病
A ほ場での初期症状(茎基部の黒変)、B 茎表面にできた柄子殻(黒い粒)、C 胞子、D 発生が広がったほ場、E 塊根の腐敗症状
表1 DNAプライマーの塩基配列
図2. リアルタイムPCRによる高感度検出
A 乾腐病菌と基腐病菌のDNAがお互いの1万分の1の濃度(0.0005 ng/µl)まで希釈されても、それぞれを定量的に検出できます。B 乾腐病菌と基腐病菌のDNAがサツマイモDNAの1万分の1まで希釈されても、それぞれを定量的に検出できます。