プレスリリース
(研究成果) 害虫の飛行パターンをモデル化し3次元位置を予測

- 害虫を高出力レーザー等で駆除する技術開発に貢献 -

情報公開日:2021年11月29日 (月曜日)

ポイント

農研機構は、害虫の飛翔位置を予測できる方法を開発しました。カメラの画像から飛翔害虫の3次元位置を検出し、その動きを予測します。予測された位置に高出力レーザーを照射するなど、害虫を駆除する新しい害虫防除システムの開発への貢献が期待されます。

概要

レーザー照射による害虫駆除(イメージ)

モデル化した害虫の飛行パターンと、ステレオカメラ1)で撮影した画像から算出される3次元の位置を融合させることで、害虫の飛行位置の予測に成功しました。

空中をすばやく飛び回る害虫を効率的に駆除することは既存の防除技術では不可能です。これを可能にする画期的な物理的手法として、害虫を高出力レーザーなどで駆除する技術開発が進められています。その実現にはピンポイントで害虫の位置を把握するとともに、検出から駆除までのタイムラグを解消する必要がありました。

そこで今回、代表的な農業害虫であるハスモンヨトウ(ガの一種)2)の飛翔をステレオカメラにより撮影して3次元の位置を計測し、飛行パターンを調べました。次に、得られた飛行パターンをモデル化し、リアルタイムの画像から数ステップ先(0.03秒先)の位置を1.4cm程度の精度で予測できる方法を新たに開発しました。

本手法を害虫を高出力レーザー等で駆除する技術に応用することで、殺虫剤への依存から脱却し、害虫防除と環境保全を両立する持続的な農業生産の実現が期待されます。2025年までに、予測した位置にレーザーを照射して害虫を駆除する技術の実用化を目指しています。

害虫飛行位置予測方法と害虫駆除イメージの動画がご覧いただけます。
動画のリンクhttps://youtu.be/UzPDCaNfZss

関連情報

予算 : ムーンショット型農林水産研究開発事業「先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現」

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構植物防疫研究部門 所長 眞岡 哲夫
同 農業情報研究センター センター長 中川路 哲男
研究担当者 :
同 農業情報研究センター AI研究推進室
ユニット長 杉浦 綾
同 植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域
上級研究員 中野 亮、研究員 渋谷 和樹
広報担当者 :
同 植物防疫研究部門 研究推進室
渉外チーム長 野口 雅子

詳細情報

開発の社会的背景

2050年には世界人口の増加により食料需要量が2010年比1.7倍になると予想されている一方、穀物収量の伸び率は近年鈍化傾向にあり、温暖化・乾燥化や病害虫の突発的大発生による穀物生産の大幅低下が起こっています。世界の食料総生産の15.6%が害虫による損失を受けているとの報告もあり、害虫防除は食料の安定的な生産のための重要な課題となってます。

現在の害虫防除は化学農薬(殺虫剤)が主体となっていますが、多額の開発コストや長期にわたる開発期間のために新規薬剤の開発数は減少傾向にあります。その上、開発した殺虫剤を使い続けることによって害虫に農薬が効かなくなり、殺虫剤が使えなくなる現象が次々に起こっています。さらには化学農薬の過剰使用による自然生態系・生物多様性への悪影響も懸念されていることから、化学農薬主体の防除法から脱却するための画期的な新規防除技術の開発が急務となっています。

研究の経緯

化学農薬に代わる防除技術として、ムーンショット型農林水産研究開発事業「害虫被害ゼロコンソーシアム(先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現)」では、レーザー狙撃による物理的防除方法を開発中です(図1)。これは飛翔中の害虫を検知・追尾し、レーザー光によって狙撃する技術であり、化学農薬のように効果が低下する心配がなく、環境への負荷も少ないことが期待されます。

しかし、害虫を検知してからレーザーで狙撃するまでの間には0.03秒程度のタイムラグ(処理時間)が生じ、その間にも害虫は移動し続けるため、検知した害虫の位置に向けてレーザーで狙撃しても害虫に命中させることができないという課題がありました。この課題を解決するため、検知から0.03秒後の害虫の位置をリアルタイムで予測する技術を開発しました。

研究の内容・意義

  • 飛翔する害虫をカメラで捉え、高出力レーザーで狙撃する新しい害虫防除システムの開発を目指しています。対象害虫として、ハスモンヨトウの成虫を実験に用いました。
  • レーザーでピンポイントに狙い撃ちするため、まず、3次元空間中を不規則に飛翔するハスモンヨトウをステレオカメラで撮影しました。飛翔速度が秒速1~2メートルほどでしたので、1秒間に55回のペースで撮影し、その3次元飛行軌跡を計測しました(図2)。
  • ハスモンヨトウは夜間に活発になるため、撮影は夜間を模した暗闇環境で行いました。ステレオカメラの画像には、壁や柱なども写りますし、暗闇環境で撮影するため、画像中に小さい塵のようなノイズが含まれることがあります。これら不要なものをリアルタイムで除去し、飛翔するハスモンヨトウだけを検出できる方法を考案しました。
  • ただし、このような処理でハスモンヨトウを検出するまでにタイムラグが生じます。その間にも害虫は飛行しますので、検出した位置にレーザーを照射しても命中しません。そこで、少しだけ先の動き(飛行位置)を1.4cm程度の精度で予測できる方法を新たに開発しました。
  • 害虫の飛行パターンをモデル化し、リアルタイムで計測される位置と組み合わせることで飛行位置を予測しました。画像撮影から害虫の位置計測までの処理時間は0.03秒ほどですが、この間にハスモンヨトウは体長1個分(2~3cm)以上移動します。開発した技術は、0.03秒先の害虫の動きを予測できるもので、レーザー狙撃のために不可欠なものと言えます。
  • 複数のハスモンヨトウの追尾と飛行位置の予測が可能なモデルとレーザー照射方向の制御を組み込んだシミュレータを開発し(図3)、効率的なシステム開発を行っています。

今後の予定・期待

本成果は、空中を飛翔する害虫の3次元における位置を昼夜問わずに予測可能とします。これに駆除技術を組み合わせることで、リアルタイムでのピンポイントの駆除を実現し、環境保全と駆除・防除の両立を加速させることができます。害虫被害ゼロコンソーシアムでは、2025年までに、本手法で予測した位置にレーザーを照射して害虫を駆除する技術の実用化を目指しています。将来的には、車両やドローンなどの無人移動ロボットなどに搭載し、人的労力ゼロで害虫などによる被害を抑制するための基盤技術となることが期待されます。

用語の解説

ステレオカメラ
2台のカメラを平行にならべた撮影装置で3次元空間の情報が得られます。人間が両目で物を見て距離感を得ているのと同じ原理で、2つのカメラ画像のずれの大きさによって、奥行方向の距離を算出します。[概要へ戻る]
ハスモンヨトウ
アジア地域における重要害虫で、幼虫がダイズ、キャベツ、トマト、イチゴ、キクなどを中心に、広く野菜、豆類、花き、果樹を食害します。成虫は体長がおよそ15~20mmで、毛で覆われた数百の卵をまとめて産みつけます。九州南部よりも北の地域では野外で越冬できませんが、中国大陸から成虫が毎年飛来することにより、広範囲で被害が発生します。また、薬剤抵抗性が発達しているため、農薬による防除が難しい害虫です。[概要へ戻る]

参考図

図1 レーザー狙撃による害虫防除システムの概略(イメージ)
カメラで害虫を検出し、予測した害虫の位置に向けてレーザーを照射します。
図2 8匹のハスモンヨトウの位置を同時に計測した様子
1秒間に55回撮影した画像からハスモンヨトウを検出し飛行軌跡を描画しました。青色は検出を開始したハスモンヨトウの位置を表し、赤色がその終点を表しています。
図3 シミュレータ上を飛行する複数のハスモンヨトウのうち1匹にレーザーを照射した様子
シミュレータには害虫の飛行モデル、予測方法、レーザー照射方向制御が組み込まれています。実際の撮影実験とシミュレーションを組み合わせて効率的なシステム開発を行っています。