農研機構技報No.11
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1分子標準物質の開発 そこで、正確な分子のモノサシをつくることを目標に、PCRの標的配列を1個単位で制御可能な標準物質(1分子標準物質)の開発を試みました。 ただし、1分子レベルのDNA標準物質を作製するには大きな壁が存在していました。これまでも、DNAの種類と濃度が規定された標準物質がいくつかの企業や研究機関から提供されていますが、いずれも高濃度のもので、低濃度での検査精度を確認するためには、希釈したDNA■ 分子のモノサシ、DNA溶液を限界まで希釈した場合の分布を示したイメージ図DNAを平均1分子含まれるように希釈した溶液中の分子数注)DNAの分子数確率(%)DNA溶液チューブに等量ずつ分注4個以上6.11.9図2表1NARO Technical Report /No.11/20220123736.8注)ポアソン分布により計算36.818.4 PCR検査では、定量的な分析が必要とされることもあります。現在の定量法としては、DNAが増幅する様子をリアルタイムに観察することにより、一定の値に達するまでに要したPCRのサイクル数(Cq値)から元々存在していたDNAの分子数を理論的に求めるリアルタイムPCRが一般的です。さらに、リアルタイムPCRを応用して絶対定量を謳っているのがデジタルPCRです。デジタルPCRでは、DNAの希釈液を多数の微小区画に分配し、増幅微小区画数と非増幅微小区画数をカウントすることによって、溶液中のDNAを定量する技術です。このように、PCRを利用したDNA定量技術は様々な改良がなされてきたにも関わらず、DNAは何分子まで正確に定量可能であるか、という技術的な限界は検証されてきませんでした。 PCR技術が飛躍的に進化している一方で、評価手法の開発が追い付いていないことから、高感度の分析法や分析機器の能力を十分に活かし切れていないのです。PCRにおける真の定性的あるいは定量的限界が検証できていない最大の原因は、そのような検証が可能なモノサシが存在していないことにあります。溶液を使う方法が一般的でした。DNAが1分子含まれる試料を調製するためにDNA溶液を限界まで希釈すると、希釈後の濃度は均等にはならないと考えられています。仮に、DNAが10分子含まれている溶液を10等分した場合、どれほど正確に分注しても、希釈後の溶液には均等に1分子ずつDNAが含まれることにはならないようです(図2)。限界希釈後の溶液中の分子数は、ポアソン分布※4によって予想されます2)。上記のような平均1分子のDNAを含む溶液においては、計算上、実際に1分子を含む確率が36.8%、2分子を含む確率が18.4%、3分子を含む確率が6.1%、4分子以上を含む確率が1.9%、そして、DNAを含まない確率が36.8%となります(表1)。実際にポアソン分布に従うか否かについては明らかではないですが、少なくとも、濃いDNA溶液を単純に希釈するのみでは、

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