農研機構技報No.12
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■はじめに 農林水産省は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」(以下、「みどり戦略」)を2021(令和3)年5月に策定しました。これは、我が国の食料・農林水産業が生産者の減少など、生産基盤の弱体化に直面するなかで、将来にわたって食料の安定供給を図るため、特に、健康な食生活、持続的な生産・消費への転換、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)投資の活発化、さらにはSDGsや環境を重視する国内外の動きの加速などを踏まえた農林水産行政を推進するため、とされています1)。 しかしながら、戦略策定の趣旨や背景をより深く理解するにはルールメーキングに熱心な欧州の一連の動きが参考になります。欧州委員会が推進する「欧州グリーンディール」政策(2019年)では、欧州の新たな成長戦略として、持続可能な社会への移行、つまりSDGsや環境への取組により世界的な主導権を確立する、としています2)。そして、この政策のうち農業食品産業分野で中核をなす「Farm to Fork戦略」(2020年)は、第一次産業を持続可能なものとするため、農業と林業を通じた炭素隔離や、バイオ肥料、バイオエネルギー、バイオケミカル活用による化学農薬の削減と化学農薬の総使用量とその使用に伴うリスクを2030年までに半減、さらにアニマルウェルフェアへの言及、2030年までにEUの農地の25%が有機農地を目標に掲げて、この達成に向けた共通農業政策(CAP)を通じた支援を導入するとしています3)。「みどり戦略」は、これら欧州の動きも意識して策定されたものと理解できます。■戦略実現の加速化に向けた現状分析と取組方向 農研機構では、「みどり戦略」の実現加速化に向けて、ワーキングチームを新たに設置して、現状分析や取組方向について検討を進めています。 まず、温室効果ガス(GHG)は、排出源として水田や家畜関係、燃料燃焼の割合が高くなっていますが、燃料燃焼は温室や漁船、農業機械等の合計値なので、要因別にみれば水田からのメタン(CH4)発生が最大となります(図2)。ゼロエミッション達成の加速化に向けては、短期的には、すでに農研機構により開発済みの中干し期間の延長などの削減技術を対象とし、地域条件等に合致した栽培体系の構築支援を行うことで、GHG削減と生産の両立を可能とする技術の普及拡大を進めることが重要です。さらにはGHG削減へのインセンティブ向上を図るため、農林水産省による支援制度や、J-クレジット制度などを活用して、経済的な支援につながる仕組みを構築する活動も重要です。中長期的には、農地および家畜消化管■「みどりの食料システム戦略」の  KPI(Key Performance Indicator:重要業績評  価指標)達成に貢献する研究開発の実施状況 「みどり戦略」では、2050年までに温室効果ガスのゼロエミッション達成、化学肥料の30%削減、化学農薬(リスク換算値)の50%削減、有機農業を25%に拡大、フードロスを50%削減と幅広い分野で意欲的な達成目標が掲げられています(図1)。現時点からの実現可能性よりも、将来のあるべき姿を優先して目標設定することは従来の施策の進め方から一線を画すものとなっています。 農研機構には、各分野の目標達成に貢献できる研究成果や取組が多くあります。具体的には、①農林水産省などの行政や地域と連携し、普及を進めるべき開発済みの研究成果群、②農研機構の総力を挙げて分野横断的に短期的に実用化・普及を進める有機農業NAROプロジェクトや、③KPIに貢献する持続的イノベーション創出、④中長期的に次世代型農業技術の創出を目指す破壊的イノベーション創出の取組です。これらの研究成果や取組内容は、すでに、農林水産省が実施した情報交換会等の場で公表しています4)。NARO Technical Report /No.12/202234TOPICSTOPICS

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