農研機構技報No.12
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ネガティブコントロール健全かんしょ塊根 基腐病の診断・同定 リアルタイムPCRの機械は高額であるため、機器を整備するのが難しい場合があります。比較的安価に実験が可能なコンベンショナルPCRを用いたサツマイモ基腐病の検出・診断手法がLinらによって2017年に報告されていますが4)、先に述べたように、乾腐病菌を基腐病菌と誤診してしまう可能性が指摘されていました。そこで、基腐病菌および乾腐病菌の培養菌体から抽出したDNAを鋳型とし、リアルタイムPCRと同じプライマーおよび条件でコンベンショナルPCRを行い、Linらの手法との比較を行いました。その結果、Linらの手法では基腐病菌と乾腐病菌に類似のサイズの増幅産物が認められ、両者を区別することができませんでした。一方、筆者らの手法では、乾腐病菌では増幅産物が認められず、基腐病菌のみで増幅産物が確認できました(図6)。以上の結果から、リアルタイムPCR用に開発したPCRプライマーおよびPCR条件でコンベンショナルPCRを行うことで、既報の手法よりも高い精度で基腐病の診断ができることが明らかになりました。コンベンショナルPCRでも検出は可能ですが、リアルタイムPCRに比べて、検出感度・精度が低く、また、初期DNA量の定量はできません。■ おわりに■ コンベンショナルPCRによるD.batatasD.destruens※2 ■■ 地下のつると塊根をつなぐ部分。※3 PCR(コンベンショナルPCR) ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)によるDNAの増幅方法で、加熱変性、プライマーのアニーリング、ポリメラーゼによる伸長反応を繰り返す。生成物の検出は主にアガロースゲル電気泳動で行う。※4 rRNA遺伝子のITS1領域およびITS2領域 リボソームRNAをコードする遺伝子の間にある遺伝情報を持たない領域のこと。変異が大きく、解析が容易のため、分子系統解析や近縁種の識別に利用される。2)小林有紀(2019) サツマイモ基腐病(仮称)の発生と対策. 植物防疫, 73 (8), 29-33.3)Fujiwara, K. et al. (2021) Real-Time PCR Assay for the Diagnosis and Quantification of Co-infections by Diaporthe batatas and Diaporthe destruens in Sweet Potato. Frontiers in Plant Science. 21, 694053. 4)Lin, C-Y et al. (2017) A Method for the Specific Detection of Phomopsis destruens in Sweet Potato by PCR. Journal of Taiwan Agricultural Research. 66, 276-285.用語解説̶※1 リアルタイムPCR DNA増幅を行うという点ではコンベンショナルPCRと同じだが、増幅するDNA量を蛍光標識によりリアルタイムに測定することで、検出感度・精度が上がることに加えて、増幅前の初期DNA量を定量できる。参考文献̶1)農林水産省大臣官房統計部(2021) 農林水産統計 令和2年産かんしょの作付面積及び収穫量.                        https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kome/kansyo/r2/index.html (参照 2022-2-25)Dd ITSSPPD基腐病菌検出のためのコンベンショナルPCR産物の電気泳動上:筆者らの方法、下:既報のコンベンショナルPCR法、TaKaRa Ex Taq Hot Start Version(TaKaRa Bio社)を使用D.batatas:乾腐病菌、D.destruens:基腐病菌 DdITS:本法によるプライマー SPPD:Lin et al.(2017)によるプライマー (出展:Fujiwara et al., 2021, Front. Plant Sci., 12:694053)M1234512345茎図6付記:本研究は、農研機構を代表機関とし、宮崎県、鹿児島県、沖縄県、生研支援センターによるコンソーシアムで実施したイノベーション創出強化研究推進事業「産地崩壊の危機を回避するためのかんしょ病害防除技術の開発」(2019〜2021年度)の中で実施しました。NARO Technical Report /No.12/20229(九州沖縄農業研究センター 暖地畑作物野菜研究領域 畑作物・野菜栽培グループ)(植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域 越境性・高リスク病害虫対策グループ) サツマイモ基腐病は国内では主に南九州地域で猛威をふるっており、現場では対策に苦慮しています。サツマイモ基腐病は海外では中国、韓国、台湾や南米でも被害をもたらしています。一方で、本病は、1913年にアメリカで初めて発生が報告された病害ですが、適切な衛生管理、種苗管理の結果、現在アメリカではほとんど発生が見られていません。このことから、日本でも克服できない病気ではないと考えられます。日本国内にどのようにして侵入してきたかは現在のところ不明ですが、発生地域での診断、防除対策、未発生地域への拡大防止のため、本法による検出・同定技術の活用で防疫対策への貢献を目指します。農研機構は、サツマイモ基腐病の対策マニュアル「サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策」(P.38参照)を発行しており、防除対策の参考となれば幸いです。

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