農研機構技法No.14
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■ 食品加工における高圧処理の基礎■ はじめにNARO Technical Report /No.14/202310かびYAMAMOTO KazutakaNAKAURA Yoshiko 食品高圧加工技術1)2)は、林力丸博士による1987年の実用化提言以降、非熱的殺菌※1の手法として、日本で飛躍的に研究開発が進み、1990年に世界初の高圧加工食品がジャムとして実用化されました。一方、「滅菌(完全殺菌)ができない」、「納豆菌などの芽胞は高圧力に強い」など、問題点に議論が集まったこともあり、その後の発展は遅々としたものでした。一方、欧米諸国などでは、この技術が積極的に採用され、肉製品、ジュース、ペースト類の殺菌の他、甲殻類・貝類の開脱殻などにも利用され、装置導入も順調に進みました。更に、受託加工※2事業が盛んになり、数、量ともに多くの高圧加工食品が実用化されています。  食品加工は、熱的加工と非熱的加工とに分類され、食品高圧加工(high pressure food processing)は非熱的加工のひとつです。また、高圧加工には、爆破、衝撃波などにより極短時間で高圧力を印加する動的(dynamic)高圧加工と、徐々に圧縮した後に高圧力を比較的長く印加する静的(static)高圧加工とがあります。後者のうち、水を圧力媒体とし食品産業界でも用いられるものは、高静水圧加工(high hydrostatic pressure processing: HHP processing)と呼ばれます。高圧加工を簡略的に「HPP(high pressure processing)」とすることもありますが、衝撃波加工と高静水圧加工との区別が必要です。食品高圧加工を、「非加熱加工」、「非熱加工」とする記載もありますが、加圧時の断熱圧縮※3による発熱のため、厳密には、非加熱でも完全な非熱でもありません。さらに、地球科学など、他の高圧科学分野では10〜300GPaの高圧力が用いられる一方で、それよりも2〜3桁低い100〜600MPaで行う食品高圧加工を、「超高圧加工」とするのは如何なものでしょうか。 食品高圧加工に独特で熱加工にない特徴(図1)3)は、均一かつ瞬時の圧力伝達、化学反応の抑制、密度最大化などの物理的変化です。これにより、巨視的には、液体が含浸し、気体が溶解して分散し、貝類・甲殻類の開脱殻が進み、組織が軟化します。微視的には、細胞内外の蛋白質が変性し、澱粉が糊化し、細胞膜が損傷し、DNAの高次構造が変化します。これら変化の結果として、微生物が不活性化されます。そのため食品高圧加工は、化学反応を抑制して品質劣化を最小化しつつ、微生物、特に細菌を不活性化4)5)して衛生を確保する均一加工法として、食品産業界で着目されています。食品高圧加工での殺菌対象については、病原性・腐敗細菌の知見が多い一方で、黴、酵母の知見は、品質劣化に関与するものの、健康被害に直ちにつながる事例が少ないことから限定的です。微生物またはウイルスの高圧不活性化の効果は、生物種、細胞の形状・状態、食品の種類、検出手法、装置、その他の影響を受けます。高圧不活性化における耐圧性は、概ね、芽胞>グラム陽性菌>グラム陰性菌・酵母・黴の順に高く、これは、熱処理での傾向と似ています。菌種・菌株によっても耐圧性は異なります。棒状の桿菌が圧力に弱く、球菌が強い傾向があり、また、安定な定常期の方が、活発な対数増殖期の細胞よりも高い耐圧性を示します。更に、食品に糖質、蛋白質などが多いと、微生物は不活化し難い傾向があり、pH、水分活性、浸透圧などの影響も受けます。一方、健常な細菌(健常菌)へのストレスが強いと死菌となり、弱いと損傷菌5)6)になります。損傷菌は、損傷程度に応じて、軽度損傷菌(亜致死的損傷菌)および特集 食品を科学する ■食品の高圧加工山本 和貴 中浦 嘉子

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