■ RIN遺伝子の機能■ トマトの成熟の特徴■ はじめにNARO Technical Report /No.14/202322ITO Yasuhiro 多くの果実類は成熟することで食品として利用できるようになります。成熟前は果肉は硬く、渋味や酸味が強かったり、あるいは青臭さなどがあったりで食品としては不適なことが多いですが、成熟の開始とともに果皮は赤や黄色などに鮮やかに色付き、果肉は軟らかくなり、また酸味が減って甘みが増し、さらに華やかな芳香が漂いはじめ、おいしく食することができるようになります。一方で保存期間が長くなると、成熟過程の進行は過剰な軟化による果実の損傷、腐敗などの品質低下を招きます。このように成熟過程は果実類を利用するために大事なステップです。この過程を上手に制御して果実品質を向上させることができれば、おいしい果実を利用できる期間を長くすることができます。様々な果実類のうち、トマトはモデル植物としてこの成熟過程の研究に広く利用されています。ここではトマトの成熟を制御する遺伝子の機能解明に関する研究について、またその過程で得られたゲノム編集変異体が、当初思いもよらない性質を示し、高日持ち性育種への可能性を見出した研究について紹介します。なおトマトの日持ち性については、丁寧に収穫、迅速に流通してスーパーに陳列、新鮮なうちに食される、という場面ではあまり問題になりません。しかし業務向け加工用トマトでは、成熟開始日がまちまちな果実を畑で一斉収穫し、ある意味、雑な集荷を経て工場へ運搬される工程では重要な形質になります。 トマトの成熟は他の多くの果実類と同様、果実自身が発するエチレンによってコントロールされています。十分な大きさに成長し内包する種子が充実した頃に成熟期が始まります。エチレンの生産が急増し、それを機に赤くなる、軟らかくなる、香りや味の成分量が急変する、という現象が同時に進行します。この時期の遺伝子発現の変化は劇的で、多くの成熟形質に関連する遺伝子が一斉に、そして爆発的に転写量の増加を見せます。成熟過程全般が「同調的に」進行するので、色素合成や果肉軟化などに関わる遺伝子は同じような転写制御を受けているように見えます。日持ち性を向上させるということは、この同調性を崩し、色素合成は普通に進むが軟化は抑制させたい、という成熟進行全体から見ると相反する現象を行おうとすることになります。 トマトでは成熟が全く進まない突然変異がいくつか知られています。そのうちのひとつ、ripening inhibitor(rin)変異は特に有名で、この変異を持つトマトは成熟直前まで通常の生育を示しますが、時期が来ても成熟が開始しません。長期の保存後も赤くも軟らかくもならずその姿を保ちます(図1)。この変異は世界中で育種に利用されており、野生型遺伝子を持つ親と交配して得られたF1品種の果実は両親の中間型の性質を示し、野生型親より赤みが弱いものの日持ち性が大きく改善されます。 rin変異はある転写因子遺伝子の部分欠失が原因であることをアメリカのグループが明らかにしました。転写因子とは、DNAに結合してmRNAの転写を調節するタンパク質で、遺伝子が適切な位置(組織)で適切な時期に働くようにコントロールする役割を担っています。RINと呼ばれるこの転写因子の機能研究により、特定のDNA配列に結合して転写活性化能を持つことを明らかにしました1)。RINが転写を直接調節している成熟関連遺伝子を250遺伝子特集 食品を科学する ■新しい成熟変異を活用したトマトの日持ち性改善伊藤 康博
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