農研機構技報No.15
17/40

その有用性について 我々が新たに確立したASFV細胞培養系は、ASFVに高感受性で、明瞭なHAD反応、CPEおよびプラーク形成が認められます。この特性は、ASFの診断ツールになり得る適性を満たしています。これまでに我々は、本ASFV細胞培養系を用いることで旅客携帯品として海外から持ち込まれ空港にて収去された輸入禁止の豚肉加工品からASFVの分離に成功しています7)。本ASFV細培養系は、豚マクロファージ初代培養細胞を基盤とする現行の ASFV細胞培養系に代わりASF診断の現場で広く利用されることが期待されます。 2007年以降のASFのヨーロッパでの流行を受けて、ASFワクチンの開発が世界各国で進められています。現在、最も期待されるASFワクチン候補として、ASFVの増殖、ウイルス複製およびウイルス毒性に関わる遺伝子を欠損させ人工的に弱毒化した遺伝子組換え弱毒ASFV株をシードウイルスとする遺伝子組換え生ワクチン※4が考えられています。遺伝子組換え弱毒ASFV株の増殖には、豚マクロファージ初代培養細胞を基盤とするASFV細胞培養系が広く用いられています。しかし、初代細胞は豚から採取する必要があり、1度に回収できる細胞数にも限りがあるため、動物福祉およびコスト面で問題が生じています。また、その生存率や品質にはばらつきがあり、遺伝子組換え弱毒ASFV株の安定かつ効率的な増殖の妨げになっています。不死化細胞であり、容易に試験管内で増殖するIPKM細胞株を基盤とするASFV細胞培養系を遺伝子組換え弱毒ASFV株の増殖に用いれば、均一の条件下で繰り返しの検討が可能となり、マクロファージ初代培養細胞を使用することで生じていた問題を解決できるだけでなく、効率面でも大幅な向上が期待できます。また、豚マクロファージ初代培養細胞を基盤とするASFV細胞培養系をワクチン開発に用いるリスクとして、マクロファージ初代細胞採取用の豚が予期せぬ病原体に感染している可能性があります。IPKM細胞株は管理された環境下で無菌的に培養されることから、生体由来の病原体が混入する心配もなく安全性にも優れています。もし、有効なワクチン候補株が開発された場合には、本ASFV細胞培養系は生体由来の病原体の混入なくASFワクチンを大量に安定して製造することに大いに活躍することが期待されます。■ おわりに■ 新規ASFV細胞培養系と用語解説̶※1 単球 白血球の1種。体内に侵入した異物を捕食して分解する。また分解した一部を細胞表面に提示することで抗体の産生を促す役割も果たす。※2 マクロファージ 白血球の1種。体内に侵入した異物を捕食して分解する役割を果たす。※3 プラークアッセイ法 シート上に培養した細胞にウイルスを接種した後、寒天ゲルで被い培養する。寒天ゲル下でのウイルス感染は近接する細胞のみに限定されウイルス感染による細胞の形状変化(細胞変性効果)が同心円状に広がり小斑点として表れる。※4 生ワクチン 毒性や感染力を弱めたウイルスや細菌をワクチンとして用いる。参考文献̶1)アフリカ豚熱に関する特定家畜伝染病防疫指針(2020年7月1日農林水産大臣公表. 2021年10月1日一部変更). https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_bousi/attach/pdf/index-13.pdf2)農研機構 動物衛生研究部門(2020) 疾病情報 ASF(アフリカ豚熱). https://www.naro.go.jp/laboratory/niah/asf/index.html3)農林水産省 消費・安全局 動物衛生課(2023) アフリカ豚熱について. https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/asf.html4)Takenouchi, T. et al. (2017) Immortalization and characterization of porcine macrophages that had been transduced with lentiviral vector encoding the SV40 large T antigen and porcine telomerase reverse transcriptase. Frontiers in Veterinary Science, 4, 132. 5)Masujin, K. et al. (2021) An immortalized porcine macrophage cell line competent for the isolation of African swine fever virus. Scientific Reports, 11, 4759.6)舛甚賢太郎ら(2021) アフリカ豚熱ウイルスが効率よく増殖できる豚腎由来不死化マクロファージ細胞. 農研機構 研究成果情報. https://www.naro.go.jp/project/results/5th_laboratory/niah/2021/niah21_s10.html7)Kameyama, K. et al. (2022) Usability of immortalized porcine kidney macrophage cultures for the isolation of ASFV without affecting virulence. Viruses, 14(8), 1794.NARO Technical Report /No.15/202417(動物衛生研究部門 越境性家畜感染症研究領域海外病グループ)特集 アニマルサイエンス ■ ASFVの起源やその生態は未だ多くの■に包まれたままです。我々が確立したASFV細胞培養系は、ASFVの病原性因子の同定やASFVの性状解析など基礎研究分野で大きく貢献することが期待されます。農研機構内の部門間連携により確立された本技術が広く活用されASF防疫対策の一助になることを期待しています。

元のページ  ../index.html#17

このブックを見る