〉〉 古きをたず(温)ねて新しきを知る (生物機能利用研究部門 絹糸昆虫高度利用研究領域) カイコ(蚕)を育ててシルクをとる養蚕は、5,000年以上前に中国で始まり、2,000年ほど前に日本に伝わったとされています。日本の養蚕は、江戸時代から盛んになり、明治時代になると政府が外貨獲得のために養蚕・製糸業を奨励し、明治〜大正時代の最も主要な産業として経済発展を支えてきました。1929年には養蚕農家戸数は221万戸となり、1930年の繭生産量は40万tに達し、世界を席巻しました。しかし、第二次世界大戦の影響、国際価格競争、及び化学繊維の普及等によって衰退し、2022年には養蚕農家戸数はわずか163戸、繭生産量は51tとなり、従事者の超高齢化も進んで国内養蚕業は待った無しの状況です。しかし近年、世界人口増加による繊維不足や、国際的サプライチェーンの不安定さ、そして石油由来繊維の環境負荷が懸念されるため、天然繊維であるシルクは世界的に見直されつつあり、日本でも新たに大規模養蚕を開始する試みがいくつか行われています。 日本ではカイコの研究も盛んに行われ、優れた研究が多くなされてきました。外山亀太郎博士は、1906年に動物で初めてメンデル遺伝を発見し、また、カイコの一代雑種の特性が優れていることを示し、数年の間に全国へ普及させました。他にも例えば、鈴木義昭博士は、カイコを用いて真核生物で初めてmRNAを単離し、古市泰宏博士と三浦謹一郎博士は、新型コロナウイルスワクチンにも応用されるmRNAのキャップ構造を発見する等、カイコは日本の遺伝学や分子生物学等の発展に貢献しました。 カイコの産業利用研究は、1878年に内藤新宿試験場 蚕業試験掛が設置されて始まり、1911年に原蚕種製造所、1937年に蚕糸試験場、1988年に蚕糸・昆虫農業技術研究所となり、2001年に農業生物資源研究所に統合され、現在は農研機構へと研究が引き継がれています。その中で、2000年に田村俊樹博士によってカイコの遺伝子組換え技術が確立され、カイコ産業の可能性は大きく広がりました。すなわち、遺伝子組換えカイコによる高機能繊維の開発が可能となり、最初に技術確立の目安として蛍光タンパク質を融合したカラーシルク(写真)が作られました。現在は高品質な超極細・高染色性シルク等が開発されています。また、医薬品原薬を遺伝子組換えカイコで大量に作る技術の開発が進み、骨粗しょう症診断薬等が既に実用化されています。さらに現在、動物感染症予防のために、シルクの難消化性を活かして胃で分解されずに腸に届く経口シルクワクチンの開発が行われ、鶏で感染予防効果が示されており、手間のかかる注射作業が不要なワクチンの開発に期待が寄せられています。農研機構は、これまでに培かわれた養蚕技術や研究を基に、カイコ産業と研究の新たな歴史を作っています。天然色素または遺伝子組換え技術によって着色された様々なカイコの繭(左)と、眼が白い突然変異を持つカイコの成虫(右) (いずれも撮影は、カイコの飼育支援を行っている技術支援部 中央技術支援センター 古橋 紗瑛)NARO Technical Report /No.15/202438SEZUTSU Hideki 瀬筒 秀樹Historyカイコ産業と研究の略史温故知新
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