解釈可能性/説明可能性知識ベースハイブリッドデータ駆動型 本号はデータ活用とAIに関する特集号ですが、作物生育モデルの源流を□りながら農業におけるAI研究について考えてみたいと思います。花咲き、実を結ぶという質的な変化だけでなく、植物の生活を物質収支という量的な観点から理解する道が拓かれたのは、1930年代にデンマークの植物生理学者Boysen Jensenが光合成と呼吸に基づいた物質生産の概念を提示したことに始まります。その概念を発展させたのが日本の生態学者門司と佐伯で、個葉の光合成と群落内の光環境の解析から群落光合成の数学的モデルを導きました。コンピュータの発達に伴って、オランダのde Witらが群落光合成を含む様々な生理・生態学的過程を考慮した作物生育モデルを開発したのが1960年代後半です。 農研機構でも多くの研究者が作物生育モデルの開発に携わるとともに、作物生育モデルを活用した気候変化の農業への影響予測や栽培管理を支援するWAGRI-APIの開発に取り組んできました。これらは、農業におけるデータ活用の先駆けと言えるでしょう。作物生育モデルは、システム論的アプローチによって組み上げられた微分方程式系と経験的回帰モデルの集合体です。モデルに含まれる多数のパラメータは個別の生理過程に分割され、各生理過程についての実験データから決定されます。つまり、モデルの作り方から言えば「知識」+「比較的少数のデータ」から成り立っている知識ベースのAIと言えるかもしれません。「少数」とは言え、モデルの開発に必要なデータをほ場試験・生理実験から得るには大きな労力と時間を要していました。 一方で、データ駆動型モデルという概念があります。知識に頼らず、データ自体に語らせるモデルです。大量にデータが集まれば、農業においてもAIの様々な技法を用いてデータ駆動型モデルが構築できます。本号で紹介された特集記事を始めとして、画像認識、各種予測についてAIを用いた成果が出始めています。また、生成AIの農業的活用も今後の展開が期待されているところです。 しかし、農業ではとても「ビッグ」とは言えないデータを扱っている分野も多くあります。そこでは、本号でも紹介のあったようなハイスループットな計測技術やAI画像解析技術がデータ取得の効率化に貢献するでしょう。また、データ数に比べて説明変数の数が多い状況には、少量データに向いたスパースモデリングやベイズモデリングが適用できます。逆に、変数選択や変数の加工に作物生育モデルを利用することによって機械学習に必要なデータを減らすことや、機械学習の解釈・説明可能性を向上させることが可能かもしれません。作物生育モデルの構造(知識)を部分的にディープラーニングに融合させるような手法開発も考えられます。農研機構、中でも農業情報研究センターでは、農学研究者とデータサイエンティストが同じ部屋で机を並べて研究を進めています。そこでこれから生じる化学反応と農業現場への貢献に期待しています。私?私はと言えば、慣れ親しんだ特殊性の陸から汎化性の海に飛び込む勇気はありませんが、それらの境界、「ハイブリッドアプローチ」の汀を散策しながら美しい貝殻や磨かれた小石が落ちていないかと探す日々です。作物生育モデル機械学習NAKAGAWA Hiroshi 中川 博視NARO Technical Report /No.17/202538〉〉 古きをたず(温)ねて新しきを知るデータサイズ機械学習によるデータ駆動型モデルと知識ベースの作物生育モデル(基盤技術研究本部 農業情報研究センター)History作物生育モデルとAI温故知新
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