食虫コウモリの超音波から逃げるチョウ目害虫の飛翔経路の例インセットはハスモンヨトウの後翅の基部付近にある鼓膜器官(耳)図10.5mmハスモンヨトウインセット■ チョウ目害虫と超音波 夜に活動する昆虫は、超音波を用いたエコーロケーション(反響定位)を発達させているコウモリによって大量に捕食されています2)。超音波とは、ヒトが音として認知できない、周波数が約20kHz以上の高い音(大気中を1秒間で2万回以上振動する音)と一般に定義されています。エサの探索から捕食において、周波数が30~60kHz、パルスの長さが1~12ms、反復率(1秒当たりのパルス数)が8~130Hzの超音波を発するアブラコウモリをはじめとする食虫コウモリは、動き回る虫から跳ね返ってくる超音波のエコーを検知し、その位置を精度よく把握して虫を捕えています。これに対し、昆虫のうち耳を持つものは、超音波をコウモリの存在と接近を知る手掛かりとして活用します。ヤガなどのチョウ目害虫の多くは、コウモリの発する超音波を感知すると、逃避などの防衛行動を引き起こします3)(図1)。ソフトウェアなどで合成した超音波によっても逃避を引き起こすことが可能なため、チョウ目害虫が生産ほ場などに飛来すること■ はじめに 農業における今後の重要課題は、世界の人口増加を支える食料の増産であると言われています。世界の総人口は2050年までに98億人を超えることが国連により試算されており、食料生産を2倍に増やさなければ大規模な飢饉が発生する可能性があると指摘されています。しかしながら、食料の生産に利用可能な土地を今以上に増やすことは容易ではなく、食料増産には現在の農地における生産性をさらに向上する必要があります。振り返ってみると、ほんの100年前まで、人類は病害虫の多発による飢饉に度々見舞われていました。その後農薬を多用するようになり、安定した農業生産を達成するに至りました。農薬は単価が比較的安く、病害虫の防除に卓越した効果を発揮しました。ですが、過度に使用することで生態系のバランスを崩すほか、化学合成殺虫剤が効かなくなる、いわゆる抵抗性を害虫個体群に付与する負の影響ももたらしています。殺虫剤抵抗性は世界規模で大問題となっており、長い期間と莫大な費用をかけて新しい殺虫剤を開発するサイクルでは立ち行かなくなってきています。そこで、将来にわたる生産性向上のためにも農薬のみに依存しない害虫防除体系として、主に物理的防除・化学的防除・生物的防除・耕種的防除を組み込んだ総合的害虫管理の取り組みが重要となっています1)。本稿では、その中でも新規の物理的防除手段である、合成超音波を用いたチョウ目害虫の防除技術について概説します。中野 亮NAKANO Ryo超音波を利用した新たな物理的防除技術26NARO Technical Report /No.8/2021
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