のものでグルテンの代わりになる増粘剤(高分子ネットワークをもつ増粘多糖類※1)が添加されています。本稿では、農研機構で開発され、2019年に特許登録された増粘剤やグルテンを含まず基本原料だけでつくる米粉パンの製造法と、このパンが膨らむメカニズムについて紹介します。■ 増粘剤・グルテンなしでパンをつくる パンをつくるために使用する原料は米粉、水、ドライイースト、砂糖、食塩と菜種油だけです。これらを混合し、攪拌した生地は小麦粉パンの生地のように粘性のあるものではなく、てんぷら粉を水で溶いたような、さらっとした生地になります(図1A)。また、発酵中の生地は泡立てたメレンゲのように柔らかく、粘性が高くまとまりやすい小麦粉パンの発酵生地とは物性が明らかに異なっていました(図1B)2)。これをオーブンで180~200℃、20~30分ほど焼成すると小麦粉パンと同じような気泡構造をもつパンになりました(図1C)3)。 このパンをつくるためにいくつかのコツがあります。まず、使用する米粉は澱粉の損傷度が低いものが適していました(図2)。製粉する前の米粒(白米)は主に多面体構造の澱粉粒が集まってできています(図2A)。製粉する際には米粒同士をジェット気流中で強くぶつけあったりして粉砕します。このとき、澱粉粒が粉砕の際の衝撃や摩擦熱などで損傷を受けることがあります(図2B)。製粉方法や条件によって澱粉が損傷する度合い(損傷度)は異なります。図2C、Dは損傷度の異なる米粉を原料にパンを作製し、それぞれ発酵・焼成時の様子を比較したものです。損傷度の低い米粉で作製した場合、発■ はじめに 小麦粉でつくるパンは、欧米をはじめ様々な国で主食として消費されています。日本でも朝食にパンを食べる機会が多くなり、一般家庭の家計に占める消費額でパンが炊飯用米を上回ったことが総務省による2011年の家計調査で報告されました。わが国の米の1人当たりの年間消費量は1962年度をピークに一貫して減少傾向にあります。1962年度に118㎏の米が消費されていましたが、2018年度にはその半分以下の53㎏にまで減少しました。農林水産省では、国産米の需要を拡大するために米や米粉の加工利用を促進する様々な取り組みを進めており1)、日本で自給できる米粉を主原料にパンをつくることができれば、食料自給率の向上に貢献できると期待されています。 通常、パンは小麦粉を主原料につくられます。小麦粉に水とイースト、砂糖、食塩、油脂などを加えて練ると粘り気の強い生地ができます。これは小麦に含まれる蛋白質のネットワークである「グルテン」が生成されたからです。生地を30~35℃程度で保温するとイーストが発酵し、炭酸ガスとアルコールが発生します。グルテンはその粘性で発酵ガスを閉じ込めるため、風船のように生地が膨らみます。これを焼くとパンになります。焼きたてのパンは、食欲をそそられる香りが生成され、パンの美味しさを構成する大切な要素となります。しかし、小麦アレルギーやグルテンに対して強い免疫反応を示すセリアック病患者の方は、小麦粉を原料にしたパンを食べることができません。その対応として小麦粉ではなく米粉を主原料にしたパンが開発されていますが、米粉生地は発酵ガスを閉じ込めるグルテンがないため、ほとんど6NARO Technical Report /No.8/2021矢野 裕之YANO Hiroyuki増粘剤やグルテンを含まず基本原料だけでつくる米粉パンの開発
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