農研機構技報NARO Technical Report No.92021年6月29日発行発行者/久間和生発行所/農研機構 広報部広報戦略室(編集委員会事務局)〒305-8517 茨城県つくば市観音台3-1-1製作協力・印刷/株式会社アイワット非売品*本誌掲載の記事・写真・イラストの無断転載・複写を禁じます。 作物のウイルス病に一度感染・発病すると治療する方法がなく、その防除には抵抗性品種の作付という耕種的な予防対策が有効とされています。イネ縞葉枯病の発生は、稲作に深刻な被害を引き起こしますが、その予測は困難です。縞葉枯病抵抗性品種の育成は1950年代末から本格的に開始されました。以降、抵抗性イネ品種の利用は、環境負荷が少なく安全性を備えた縞葉枯病防除対策の柱となっています。しかし、病原側の変異により抵抗性品種が無効化するという懸念も抱えていました。 イネゲノム解読プロジェクト(1991~2004年)の周辺研究の一つとして縞葉枯病抵抗性遺伝子の研究は始まりました。その過程でのマーカー開発にあたっては、研究室の平易な技術(PCRとアガロース電気泳動)で検出・判別し易いように、と考えました。こうして、品種育成への利用を想定したイネ縞葉枯病抵抗性選抜マーカー(2000年)を国内初の実用化マーカーとしてリリースしました。このマーカーは、国内で最も利用されている縞葉枯病抵抗性遺伝子を識別するもので、同様に開発した穂いもち抵抗性選抜マーカー(2001年)とともに、マーカー育種の普及を牽引しました。 信頼性の高いマーカーを得るには、形質の理解がなされていることが必要です。縞葉枯病抵抗性の評価は、病原ウイルスを接種・感染させたイネの全身症状に基づいて行われます。これは、病原ウイルス抗体など、病原を検出する手立てがない中、先人研究者達が定めた評価指標です。病原側ではなく、「植物の反応を観る、測る」という植物側に重点がおかれていることが、のちに、難解であった抵抗性遺伝子の特性の解明につながりました。 イネ縞葉枯病の病原ウイルスの増殖は、イネの生育を著しく阻害します。縞葉枯病抵抗性遺伝子は、ウイルスや高温による影響から成長点を保護し、イネの生育をサポートする働きをしています。そのため、抵抗性遺伝子を持つイネはウイルスの増殖に勝って生育することができます。このような抵抗性はウイルス側の変異の影響を受けにくいため、無効化の可能性は低く、持続性があることがわかってきました。 二度のバージョンアップを経た最新の縞葉枯病抵抗性マーカー(2011年)は、抵抗性/感受性を判別するものとなりました。形質の安定性および形質との関係性が提示されたDNAマーカーの利用は、抵抗性の導入を推進したのだと思います。近年のイネ新品種の多くが縞葉枯病抵抗性を保有しています。一方で、抵抗性を評価できる機関や人材は減少しています。縞葉枯病に限らず、病虫害抵抗性検定には、多くの場合、設備・技術・時間・労力・経験など、コストを要します。これまで行われてきた抵抗性検定に代わり、DNAマーカーが品種登録審査に採用されるようになる日も遠くないかもしれません。 (生物機能利用研究部門 作物ゲノム編集研究領域)技報バックナンバーTEL : 029-838-8988(代表)https://prd.form.naro.go.jp/form/pub/naro01/research本誌研究内容に関するお問合せは39NARO Technical Report /No.9/2021
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