ダイバーシティ推進 Diversity and Inclusion

服部 太一朗 九州沖縄農業研究センター 研究推進部事業化推進室 事業化推進チーム長

研究者を目指したのは一冊の本との出会い。現場の全体像を把握して普及を進めたい。

きっかけは一冊の本との出会い

中学生のとき、遠山征雄先生が執筆した「沙漠を緑に」(岩波新書)という本を読みました。当時は、環境問題が社会的にクローズアップされていたこともあり、将来、沙漠化問題に貢献する研究者になりたい、という夢を抱くようになりました。遠山先生のいる鳥取大学に行きたいという気持ちはありましたが、当時は新潟に住んでいたので、東北大学に進学しました。大学では合気道部に所属しましたが、その目的は将来、沙漠で自分の身を守れるようにするためでした。
修士課程から鳥取大学に進学し、遠山先生の研究室の隣の稲永忍先生の研究室に入りました。恩師である稲永先生は乾燥地作物生理学の研究を行っており、当時の自分の興味に近い分野でした。畑の作物にケイ酸を投与すると、根を伸ばして水を吸いやすくなることで耐乾性も強まることを明らかにし、学位を取得しました。その間に、中国の黄土高原やタクラマカン砂漠を訪れる機会にも恵まれ、自分の研究がどのように現場と繋がっているのかを考える良い機会となりました。

就職の決め手は妻のひと言

学位取得後も、鳥取大学の乾燥地研究センターで研究員を2年半務めましたが、東京大学附属農場でのバイオエタノール原料用作物の研究員(任期あり)に応募したところ採用されました。バイオエタノール原料用作物は基本的に食料生産に適さない農地で作るものなので、これまでの乾燥地の研究を応用して取り組むことが可能でした。そこでは、サトウキビなどイネ科作物の研究を行いました。次の就職先として、最初は大学のポストばかりに応募していましたが、なかなか採用してもらえませんでした。そこで、研究機関まで対象を広げて応募したところ、農研機構九州沖縄農業研究センター(九沖研)のサトウキビ育種グループ(種子島に所在)のポストと某私立大学北海道キャンパスのポストの1次試験に合格しましたが、偶然にも同じ日に面接試験が重なり、どちらを受けるか悩みました。そこで、妻に相談したところ、「あったかい方がイイ!」と即答され、農研機構を選択しました。無事に採用され、2009年から種子島で、サトウキビの研究を始めました。

新品種「はるのおうぎ」の開発

沖縄や鹿児島は熱帯産のサトウキビにとっては寒く、地力は低く台風もあり、収量は不安定です。そのため、頑健な多収品種の開発を目指しましたが、多収にすると糖度が低下し、製糖工場が受け入れてくれません。収量も糖度も高い品種を開発する必要がありました。毎年、150種類の組み合せで交配し、11年かけて、ようやく理想に近い新品種「はるのおうぎ」を開発できました。

事業化推進室への配属

「はるのおうぎ」を品種登録出願した翌年、九沖研の事業化推進チーム長の話が飛び込んできました。区切りの時期だと思って、あまり迷わずに承諾しました。事業化推進室の仕事は、農研機構の研究成果を普及させ、社会実装につなげることです。しかし、自分には企画調整部門の経験がなく、また、新設されたばかりの部署でもあったため、正直言って何をしたら良いのか戸惑うことばかりでした。普及先には農業法人だけでなく、農産物を扱う産業界や行政部局も関係してきます。九沖研は農産物(イチゴ・サツマイモなど)の輸出にも力を入れているので、輸出業界も関係します。新品種・技術の普及がどういう体制で行われ、農研機構がどういう役割を持って農政局や県の普及組織などと連携しているのか、全体像を把握する必要がありました。今年で3年目になりますが、上司の事業化推進室長と相談しながら、手探りで進めてきました。いろんな品目を扱う経験ができたことは、今後に役立つと考えています。

農研機構の良さ

実は、就職するまで農研機構のことはあまり知りませんでした。就職してみると、圃場作業をサポートしてくれる技術支援部やパートさんの存在がとても大きいと思いました。栽培技術だけでなく、サトウキビに対する知識も深く、研究者より詳しいと言っても過言ではありません。チームワークも良く、助けてもらってばかりでした。また、サトウキビも含めて、農研機構では世界レベルの共同研究が実施されています。これが世界の中での南西諸島を捉える良い機会となり、やりがいにもなりました。研究分野の多様性と個々の研究レベルの高さは農研機構の大きな長所だと思います。

手持ち式のレフブリックス計という装置を用いて、圃場内でサトウキビの糖度(Brix)を調査しています。/趣味はラクダの置物集めです。学生時代に中国の乾燥地に行ったときに最初の置物を買いました。写真の3~4倍は飼っています。/令和4年10月7日に福岡市で開催した「第4回九州沖縄経済圏スマートフードチェーン事業化戦略会議」の事務局スタッフで撮った記念写真です。/マルチロードマップ