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プレスリリース
NIAESNARO
平成26年1月30日
独立行政法人 農業環境技術研究所
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構

カドミウムをほとんど含まない水稲品種 「コシヒカリ環1号」

ポイント

・ カドミウムをほとんど含まないコシヒカリ突然変異体を 「コシヒカリ環(かん)1号」 として品種登録出願しました。

・ 「コシヒカリ環1号」 のコメ中にはカドミウムがほとんど含まれない上、その他の形質と栽培方法は 「コシヒカリ」 とほとんど変わりません。

・ 「コシヒカリ環1号」 との交配で育種されたカドミウムをほとんど含まない品種が普及すれば、我が国でヒトが摂取するカドミウムがさらに減ることが期待できます。

・ 現在、65の水稲品種及び系統に 「コシヒカリ環1号」 が交配されているところです。

概要

1. 独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)は、イネにカドミウムをほとんど含まないコシヒカリの突然変異体 *1 を開発、その原因遺伝子を特定しました。

2. 今回、農環研は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所と共同で、この変異体の重要な各形質 (生育、収量、食味、病害耐性など) を調査し、「コシヒカリ」 と同等であることを確認しています。

3. この変異体の栽培方法は、従来の 「コシヒカリ」 と全く変わりません。

4. この変異体を 「コシヒカリ環1号」 として品種登録出願しました。

5. 「コシヒカリ環1号」 を育種素材として交配することで、国内の水稲品種に低カドミウム形質を導入することができます。現在、利用を希望する育種機関に 「コシヒカリ環1号」 を提供しており、65の水稲品種及び系統に 「コシヒカリ環1号」 が交配されているところです。このような低カドミウム品種の普及によって、我が国でヒトが摂取するカドミウム量をさらに減少させることが期待できます。

予算: 生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出基礎的研究推進事業」「食の安全を目指した作物のカドミウム低減の分子機構解明」(2007-2011)、 運営費交付金(2012-2013)

特許: カドミウム吸収制御遺伝子、タンパク質及びカドミウム吸収抑制イネ (PCT/JP2012/077300)

品種登録: 出願番号 第28455号 (出願公表日平成26年1月8日)

論文: Ishikawa et al. (2012): Ion-beam irradiation, gene identification, and marker-assisted breeding in the development of low-cadmium rice. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109(47) 19166-19171.

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台 3-1-3

理事長  宮下 C貴

代表研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域

主任研究員  石川  覚

TEL 029-838-8270

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室

広報グループリーダー  小野寺 達也

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299
電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

研究の社会的背景

食品を通じて一定の量を超えるカドミウムを長年にわたり摂取し続けると、腎機能障害など健康への悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。現在、日本では、ヒトが食品から摂取するカドミウムの量は、一生涯摂取しても健康に悪影響が出ないとされる量よりも十分少ないものです。

一方で、日本では、ヒトが食品から摂取するカドミウムのうち、約40%がコメから摂取されると推定されていることや、国内には、農地土壌中のカドミウム濃度が高い地域もあることから、これまでも、各地域において、コメ中のカドミウム濃度を低減するための対策 *2 が実施されてきました。しかし、これらの対策は、コストや効果の面から適用範囲が限定されるという問題点がありました。このため、従来の稲作栽培を変更せずに広範囲の地域に適用可能な低カドミウム品種の開発が求められてきました。

研究の経緯

農環研を中心とする研究グループは、カドミウムを土壌からほとんど吸収しないコシヒカリの突然変異体を選抜することに成功しました。変異体の玄米中カドミウム濃度は、「コシヒカリ」 が0.4mg/kgを超える条件で栽培しても、定量限界値未満になります (図1)。この変異体の実用性を、カドミウム吸収性試験、各種生育調査、病害等の特性検定試験、食味官能試験等により確認し、「コシヒカリ環1号」 として品種登録出願しました。

研究の内容・意義

1. 育成地 (茨城県つくば市) における 「コシヒカリ環1号」 の出穂は 「コシヒカリ」 より2日程度遅い傾向がありますが (表1)、稈長や穂長などの形質はほぼ同じであり (表1)、圃場で栽培している草姿からは両品種の見分けが付きません (図2)。籾(もみ)や玄米の形質にも違いがありません(図3)。

2. 育成地における 「コシヒカリ環1号」 の収量は 「コシヒカリ」 と同等です (表1)。

3. 低カドミウム以外の形質、たとえば耐倒伏性、いもち病抵抗性などの病害耐性、高温耐性、耐冷性、穂発芽性は 「コシヒカリ」 と同等です (表2)。

4. 日本穀物検定協会が実施した食味官能試験により、「コシヒカリ環1号」 の食味は 「コシヒカリ」 と有意差がなく、「コシヒカリ」 と同等の良食味米と評価されました (表3)。

5. カドミウム対策として湛水管理を実施している 「コシヒカリ」 栽培地域では、「コシヒカリ環1号」 に置き換えることで長期の湛水管理が不要になるため、夏期の大量の農業用水の確保や、ほ場のぬかるみによる機械収穫時の作業性の低下を避けることができます。

6. 「コシヒカリ環1号」 は、従来の 「コシヒカリ」 と同じ方法で栽培できます。

今後の予定・期待

平成25年度から農林水産省消費・安全対策交付金による実証事業が実施されており、今後の普及が期待されます。また、「コシヒカリ」 の栽培適地でない場合には、「コシヒカリ環1号」 を素材に、地域に適したイネ品種を育成して使用することで、コメ中のカドミウム濃度を低減できます。

カドミウムによる農地土壌の汚染は、国外でも多数報告されています。今後は、それらの国々での利用も期待されます。

用語の解説

*1 突然変異体: 遺伝子に変異が起き表現型が変化した個体を言います。自然界の放射線や遺伝子複製エラー等の自然要因で起こる自然突然変異だけでなく、人為的な操作 (イオンビーム照射、ガンマ線照射、薬剤処理等) によっても作ることができます。例えば、ミルキークイーンはコシヒカリを薬剤 (メチルニトロソウレア) 処理して半糯性を持たせた突然変異体です。

*2 コメ中のカドミウム濃度を低減するための対策: ほ場の土壌を入れ替える客土や、湛水管理、アルカリ資材の投入等によるカドミウム吸収抑制等があります。

担当研究者

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域

主任研究員  石川   覚

任期付研究員  安部   匡

特別研究員  倉俣 正人

任期付研究員  井倉 将人

土壌環境研究領域長  荒尾 知人

上席研究員  牧野 知之

(独) 農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所 稲研究領域

上席研究員  春原 嘉弘

(現北海道農業研究センター 水田作研究領域長)

主任研究員  黒木   慎

3つの汚染農地土壌で、「コシヒカリ環1号」は、定量限界値以下/定量限界値以下/0.01mg/kgと、極めて低かった。一方「コシヒカリ」は、約0.5/約0.8/約0.4mg/kgで、食品衛生法の基準値を超過した(グラフ)

図1 高カドミウム土壌で栽培した時の玄米カドミウム濃度

2012 年栽培。出穂前に落水し、稲のカドミウム吸収が促進されやすい条件で栽培。
ND: 定量限界値(0.01 mg/kg)未満
ML: 食品衛生法で定められたコメのカドミウム濃度基準値
土壌のカドミウム濃度(0.1 モル塩酸抽出): 農地A(1.35 mg/kg)、農地B(1.21 mg/kg)、農地C(0.35 mg/kg)

表1 育成地における慣行栽培での栽培特性と収量

(独)農業環境技術研究所における2年間 (2011年と2012年) の栽培試験の平均値。
品種名 出穂期
(月日)
稈長
(cm)
穂長
(cm)
穂数
(本/m
玄米重
(kg/a)
千粒重
(g)
コシヒカリ環1号 8.058817.233054.421.0
コシヒカリ 8.039017.533654.621.0

表2 特性検定試験

  コシヒカリ環1号 コシヒカリ
耐倒伏性
いもち病抵抗性
白葉枯病抵抗性
高温耐性
耐冷性極強極強
穂発芽性
コシヒカリ環1号とコシヒカリが水田で穂をつけているが、外形や色では見分けがつかない(写真)

図2 圃場での草姿

コシヒカリ環1号とコシヒカリの籾と玄米は外観では見分けがつかない(写真)

図3 籾と玄米の外観形質

表3 食味官能試験

注1)炊飯した供試米 (コシヒカリ環1号 [ 2012 年農環研産米]) の総合評価、外観、香り、味、粘り、硬さの6項目は、それぞれ基準米(コシヒカリ [ 2012 年農環研産米]) と比較して −3から+3の7段階で評価し、20名のパネルの平均値として求めた。信頼区間は、危険率5%水準で求めた値。2012 年 11 月 22 日、(財)日本穀物検定協会にて実施。
品種 総合評価 外観 香り 粘り 硬さ
評価値 信頼区間 有意差
コシヒカリ環1号0.200±0.368なし0.050-0.0500.1500.350-0.250

新聞掲載: 日本農業新聞、化学工業日報(1月31日)、農業共済新聞(2月12日)、科学新聞(2月14日)

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