農研機構

農業生物資源ジーンバンク事業

遺伝資源。それは、人類共通の財産。
そして、一度、失われたら、戻らない。
みんなで活用し、未来へ引き継ぐ。
それが、ジーンバンクの役目。

配布用種子保存庫は、センターバンクに設置されています。貯蔵庫内は、温度-1°C、相対湿度30% に保たれ、約19 万点の植物遺伝資源が眠っています。種子の入出庫は自動化されており、提供を依頼された種子をコンピューターで指示すると、自動的に隣室のオペレーターの手元まで運ばれてきます。

「遺伝資源」という言葉は、生物の持つ多様な遺伝子が、有用な作物や家畜をつくり出すうえで有用なことから、資源として認識されるようになって生まれた言葉です。人類にとって今すぐに使われなくても、将来有用な、またはその可能性を持つものも含まれています。

失われつつある遺伝資源

一般に作物や家畜の在来種や近縁の野生種のなかには、耐病性や不良環境に耐える遺伝的性質をもったものが多く、品種改良の素材として有用であることが知られています。しかし、大規模な開発による生態系の破壊や、少数の優秀な改良品種の広範な普及により、多様な在来品種は急速に失われています。

新品種の開発へ

農研機構では、国内、国外の研究機関と協力して、世界中の遺伝資源を探索収集しています。これら資源は専門家によって分類・同定され、その特性を調べ、増殖・保管しています。保管された遺伝資源は、情報とともに公開され、新品種の開発や、最先端の研究に利用されているのです。

センターバンクとサブバンク

農業生物資源ジーンバンク事業は、農研機構 遺伝資源センターをセンターバンク、日本各地の研究機関をサブバンクとして位置づけ、連携・運営しています。 センターバンクとサブバンクに保存されている遺伝資源は、植物資源(約22万9千点、世界第6位)、微生物資源(約3万5千点)、動物資源(約2千点)です。さらにゲノム研究の加速のためにDNAバンクも実施しています。【数値は2020年9月現在】

ジーンバンク事業の役割

(1) 探索収集・導入

ジーンバンク事業では、世界各地に残っている多様性に富んだ古い品種や野生種を探索収集する活動に力を入れています。そのために、毎年国内外に探索隊を派遣し、新たに登録される遺伝資源は年間1000点以上にもなります。2014年には「PGRAsia」プロジェクトが発足(詳しいことはReport02で紹介)。また、国内・海外の研究機関からも、貴重な遺伝資源を導入しています。

(2) 分類・同定・特性評価保存

世界各地から集められた遺伝資源について、どのような特性を持つのかあらかじめ明らかにしておけば、効率よく研究・育種などを行うことができます。例えば、植物では形態的な特徴、耐病虫性や品質などの特性を、微生物では培養性状、顕微鏡的特徴や植物に対する病原性、物質生産の活性などを調査します。さらに、より正確な分類や種内多様性の解明を行うため、DNA解析も実施しています。

(3) 保存

収集した貴重な遺伝資源を安全・確実に保存することは、ジーンバンク事業の根幹をなす重要な役割です。保存に当たっては、植物遺伝資源の種子は低温・低湿の環境で保存し、発芽率によって活力を随時モニターしています。また、遺伝資源の保存を安全かつ確実に行うために、長期保存用遺伝資源と配布用遺伝資源とで保存方法を変える工夫も行っています。

植物の原種種子を長期保存するための永年保管庫内の様子。種子はアルミ缶に封入され-18°Cで保存されています。イネの種子なら100年くらい保存できると見込まれます。

(4) 配布・情報提供

ジーンバンクで保存している遺伝資源は、試験研究等を利用目的とする配布申込を随時受け付けています。毎年、1万点近くの遺伝資源が国内外に配布されており、さまざまな研究に貢献しています。
また、探索収集・導入、特性評価、保存などを通して得られた知見は遺伝資源データベースとして蓄積され、これらはインターネットを通して広く発信しています。

遺伝資源に関する情報をデータベース化し、オンラインで公開しています。遺伝資源の配布を希望される場合にも利用できます。

可能性広がる遺伝資源

茨城県つくば市のメインバンク(農研機構 遺伝資源センター)や、全国各地のサブバンクに保存されている遺伝資源とその情報は、研究・教育用に配布・提供されています。また品種改良や、昔の魅力ある品種の復活にも役立てられています。ここではジーンバンク事業で保存されていたものなど、海外の遺伝資源を利用することで、優れた特性を持つ品種の育成に成功した例を紹介します。

果肉が赤くて甘さ十分
ルビースイート

これまで果肉の赤い「赤肉リンゴ」は、食感があまり良くないうえ、酸味が非常に強いため、生食には向いていませんでした。そこで甘味と酸味のバランスの良い「ふじ」と、ジーンバンクが保存するアメリカ原産のリンゴ「JP110469」の交配で育成されたのが赤肉品種の「ルビースイート」です。「ルビースイート」は皮だけでなく果肉まで赤く、ほかの赤肉品種に比べて果汁が多いうえに甘みも強い品種。食感も良いので、サラダやスイーツとして生のままでも楽しめます。果汁も赤~淡赤色のため、その色を活かしたジュースやジャムなどの加工品にも適しています。

「ルビースイート」は、果皮だけでなく果肉もアントシアニンを含む450g程度の大玉リンゴ

モモに似た芳醇な香りが魅力
桃薫(とうくん)

これまで芳香性のイチゴには、栽培イチゴ「とよのか」に、モモに似た香りの野生種(Fragaria nilgerrensis、ジーンバンク保存)を交配して育成された「久留米IH1号」がありました。しかし見た目や収量に課題があり、広く普及しませんでした。そこで見た目も良く栽培しやすい「カレンベリー」に前述の香りのある野生種を交配し、さらに「久留米IH1号」を交配することで、収量・果実の外観・香りともに優れた「桃薫」を育成しました。モモやココナッツ、カラメルのような特徴的な香りと、やわらかな食感の「桃薫」は、贈答品やスイーツとして注目されています。

収量も優れる「桃薫」は、観光農園でも人気
中国南西部に自生する野生種(写真)を交配に使ったことから、漢字表記の「桃薫」と命名

米粉パンに適したコメ品種
ミズホチカラ

「ミズホチカラ」は、韓国の一穂籾数(*1)が多い品種「密陽23号」および「水原258号」、台湾の極強稈(*2)の品種「台農67号」、日本の多収品種「アキヒカリ」という、3つの国の品種の交雑後代から多収性を集積して育成された品種です。「ミズホチカラ」は、米飯としての味は良いとは言えませんが、米粉パン等の加工適性に優れています。「ミズホチカラ」で作った米粉パンはもちもち感、しっとり感、甘みに加えてボリュームがあり、焼き上がり後の変形が少ないとの評価を得ています。グルテンを使わず、米粉100%のパンをおいしく作ることができます。

ミズホチカラ」は、一般の主食用米より約20%多くとれる品種
小麦粉や増粘剤を使わない米粉100%でも、「ミズホチカラ」ならふっくら!

*1 一穂籾数(ひとほりゅうすう):一つの穂に付く、籾(もみ)の数。籾数が多いことは、多収のための必要条件。 *2 極強稈(ごくきょうかん):イネの茎である稈(かん)がとても固くて、しっかりしていること。このため、台風等でもイネが倒れにくくなる。

米国産コメ品種で本格イタリアン
和みリゾット(なごみリゾット)

従来の国産米で作るリゾットは、イタリア産米で作るものとは見た目や食感が異なるという問題がありました。また輸入のイタリア産米は高価で、地産地消への関心の高まり等もあり、リゾット向けの国産大粒米が求められていたのです。そこでリゾットに最適とされるイタリア原産の大粒品種「CARNAROLI」をジーンバンクが提供し、倒れにくく、脱粒・穂発芽もしにくい「北陸204号」と交配して「和みリゾット」を育成。歯ごたえがあって粘りがなく、べたつかないうえ、煮崩れしにくい「和みリゾット」は、イタリア料理店での評価も高く、各地で栽培が進められています。

和みリゾット」のもみと玄米(中)。
左:ひとめぼれ、右:CARNAROLI
イタリア料理店のシェフが「和みリゾット」を使って調理したリゾット

国産小麦パン大躍進に貢献
ゆめちから

国産小麦はタンパク質の強さが中程度の中力粉に向くものが大部分を占め、主に強力粉で作られるパンや準強力粉の中華麺製造には適さず、強力系の国産小麦の開発が求められていました。そこで製パン適性を持つ「キタノカオリ」に、タンパク質の強さが極めて強い米国小麦系統「KS831957」等を交配して育成されたのが超強力小麦「ゆめちから」です。「ゆめちから」の魅力は、何と言っても国産小麦の主流である中力粉とブレンドした際の優れた製パン適性です。国産小麦粉特有のもちもちした食感があり、硬くなりにくい「ゆめちから」使用のパンは全国で販売されています。

「ゆめちから」には、近年北海道で被害が拡大しているコムギ縞萎縮病への抵抗性も「KS831957」から受け継がれています。左:きたほなみ、右:ゆめちから(北海道内コムギ縞萎縮病発生ほ場での生育)
ブレンドの配合を変えることで、さまざまなパンに適した食感が生まれます