農研機構

特集1

稲作をめぐる研究

時代のニーズに合ったお米を将来にわたり安定的に食卓に届けるため、農研機構では、気象、土壌、病害と稲作との関係の研究、品種特性にあわせた栽培技術の開発、ロボットやICTを活用した技術開発など、幅広い領域で研究が行われています。
特集1では、稲作をめぐる各領域の研究者が、「稲作の研究」について紹介します。

気象と稲作の関わり

様々な農業気象災害対策や栽培管理に役立ち、生産管理の効率化を支援するための研究を気象データを用いて行っています。

【研究の一例】
一般気象情報から水田の微気象や穂の温度を予測

農業環境変動研究センター
気候変動対応研究領域作物温暖化応答ユニット
主席研究員 吉本 真由美

高温による米の品質低下リスクを最小限に

温暖化によって稲の高温障害、特に開花期の高温で受粉できず稔らなくなる「高温不稔」が懸念されています。高温不稔には穂の温度(穂温)が深く関係しますが、穂温は天気予報等の気温とは異なります。そこで水田内の微気象を高精度な観測で解明し、気象情報から穂温を推定する仕組を開発しました。これにより現在の高温不稔のリスクだけでなく、様々な気候変動適応策でどのように高温不稔を減らせるかを評価することができます。

土壌と稲作の関わり

水田の省力・低コスト化と適切な土壌管理技術、水田輪作下においても"地力"を維持できる技術の開発を担っています。

【研究の一例】
水田輪作体系での合理的施肥・土壌管理技術

中央農業研究センター
土壌肥料研究領域 水田土壌管理グループ
グループ長 大野 智史

時代や方法は変わっても、"地力"が重要である事は変わりません

私が担当している試験の一つに水田土壌学の権威である塩入松三郎先生が始めた、もうすぐ100年目を迎える「長期連用試験」というものがあります。カタカナ交じりの直筆の試験設計書には「肥効ニ及ボス影響ヲ知ラントス」とあります。時代は変わり、収量コンバインの自動取得データを基に施肥量を調整して収量を安定的に向上させることなどを目的としたスマート農業実証試験の時代となりました。さあ、「肥効に及ぼす影響を調べましょう」。

水稲病害と稲作の関わり

21世紀の日本農業にふさわしい、生き物や自然の力も利用した病害の総合防除技術体系の開発・研究に取り組んでいます。

【研究の一例】
水稲病害に関する研究

中央農業研究センター
病害研究領域 抵抗性利用グループ
グループ長 芦澤 武人

土壌中のイネ稲こうじ病の防除を支援

イネ稲こうじ病は、穂の籾に黒い団子状の病粒を作る病気です。病原菌は土壌中に存在するため、土壌改良資材の転炉スラグ※や生石灰を土壌混和して菌の生存しにくい環境を作ります。加えて薬剤の散布を適期に、効率よく防除できるようにメールを使って農家を支援する「薬剤散布適期連絡システム」を開発しました。このように環境保全型技術とICTを利用した技術を利用することで、稲作における病気の発生を少なくすることを目指しています。

※転炉スラグ...製鋼工程で銑鉄(鉄鉱石を溶鉱炉で還元して取り出した高炭素な鉄)から取り除いた鉄以外の副産物が転炉スラグ。主成分はケイ酸カルシウムなど

栽培技術と稲作の関わり

多収良食味の品種の普及・利用の促進に向けて、品種特性をふまえた高生産・高品質の安定栽培技術を確立することを目指しています。

【研究の一例】
稲の品種特性にあわせた安定栽培技術の開発

次世代作物開発研究センター
稲研究領域 稲栽培生理ユニット
上級研究員 荒井 裕見子

多様化する米生産現場のニーズに対応

多様化する米のニーズに対応するため、新しい多収・良食味米品種の育成が進んでいます。新品種の普及や利用を促進するために、生産性の向上と安定生産技術の開発に取り組んでいます。品種の生育や収量特性の把握には、ドローンやセンサーを利用した簡易な調査法の可能性を検討しています。また品種ごとの「栽培マニュアル」を作成し、そのデータは気象情報とICTを利用した「栽培管理支援システム」に活用されています。

「あきだわら」多収・良食味水稲栽培マニュアル

水と稲作の関わり

水田などでの土地の生産性や労働生産性の向上、農業用水や農地からの排水の合理的な管理、施設の有効利用の研究を行っています。

【研究の一例】
ICTを活用したほ場水管理システム

農村工学研究部門
農地基盤工学研究領域 水田整備ユニット
上級研究員 若杉 晃介

時間や人手が必要な水管理を支援

稲作において、水管理は毎日の作業であり、生育や気象の状況に応じて様々な対応が求められます。しかし、農家人口の減少に伴い、たくさんの水田を少人数で管理しなくてはいけないため、大きな負担になっています。さらに、経営規模の拡大によって複数の品種や栽培方法の組み合わさり、水管理が複雑化していることから、これまでの技術では対応できませんでした。そこで、水管理にICTとセンシング技術を組み込むことで、自動化に加えて、水位データや気象データなどを活用した高度な水管理が可能となるシステムを開発しています。

農業機械と稲作の関わり

安全で優良な農業機械普及のための安全検査・一般性能試験、ロボットやICTを活用した機械化、農業情報収集・利用技術等の開発研究を行っています。

【研究の一例】
農業の課題をスマート農業技術で解決する

農業技術革新工学研究センター
高度作業支援システム研究領域
領域長 八谷 満

生産コストが高く、人手不足の日本の農業課題

現状の「農業機械1台にオペレータ1人が乗車して作業する」方法では、農家は規模を拡大しても生産費の低減は困難です。というのも、作付規模と生産費の関係において、15ha前後で規模拡大の生産費低減の効果が小さくなるからです。加えて農業従事者数は減り続けています。このような現状を打破するために、無人作業が可能なロボット農機やICTを活用したスマート農業技術による生産管理の革新によって経営規模の拡大を実現する研究を進めています。