農研機構

特集1

味わう 肉のおいしさをはかる

畜産研究部門
食肉用家畜研究領域
食肉品質グループ
研究員渡邊 源哉

畜産研究部門
食肉用家畜研究領域
食肉品質グループ
グループ長佐々木 啓介

肉のおいしさをはかるとは?

適正な品質評価ができます

例えば、肉に「軟らかい」と表示をして売った時に、その肉を本当に「軟らかい」と思うかどうかは個人の価値判断によって異なります。「軟らかいと書いてあるのに、軟らかくない」と感じたお客様(消費者)がいたら、その表示技術は失敗です。どのようなお客様にも納得される表示ができるよう な評価をすることは、とても大事なことなのです。

目に見えないものの評価

肉の品質には機械だけでは測り切れない微妙な違いもあり、また機械で測定した数字で味や匂い、食感をわかりやすく伝えることが難しい場合もあります。そのため、訓練されたパネリストや消費者代表の皆さんが実際に食べて判断する「官能評価」と呼ばれる実験を行い、機械と人間の両方から品質をはかり、わかりやすさと正確さを両立した評価を目指しています。

品質がわかりやすく正確に表示できると…

消費者にとっては

「好みの品質」を選択することができる

畜産農家にとっては

消費者の好みに合わせた「品質の改善」ができる

販売者にとっては

売れ残りが減り、廃棄など「不利益の改善」がされる

肉のおいしさをはかる「官能評価」

同じ部位を同じように精密に切りそろえ調理した食肉による①訓練されたパネリスト②一般の消費者に評価してもらう、の2種類の実験があります(写真❶❷)。①は特別に訓練された人間が機械に代わって味や匂い、食感を判断する、②は消費者の個々の主観で善し悪しを判断するものです。①と②は実験の見た目としては同じですが、内容としては本質的に異なる評価を行っています。

噛んでいくに従い、どのタイミングで軟らかいと感じるか。どのタイミングで注意を引き付ける感覚が変化していくのか。食べ終えてどう感じるか。また、どのような感覚からヒトが肉に「コクがある」と感じるかなども調べます。

こんなふうに官能評価をしています

畜産農家と消費者のおいしいを両立させる

肉の「赤身の色のきれいさ」や「霜降りの度合」は目で「見てわかる」品質です。
一方、肉の成分、味や香り、食感などは「見えない」品質です。
肉の「見えない品質やおいしさ」は、どのように役立てられるのでしょうか?

おいしさの変化

産地ごとに銘柄豚が開発されていますが、おいしさを付加価値要素としてブランド化するには、「食べてわかる違い」に基づいた差別化が必要です。でも、食感や味、匂いの感じ方は食べている間に変わっていきます。例えば、食べはじめに「かみ切りやすい・変形しやすい」と感じた豚肉が、咀嚼するうちに「パサパサ」していると感じるようになったりします。複数の豚肉サンプルを調べたところ、「うま味」、「ジューシー」、「脂肪の口溶け」、「なめらか」、「酸味」、「けものくさい」といった様々な感覚が、豚肉を食べている間に感じられることがわかりました。時間を追った感覚の変化をどう銘柄の特徴として表現し、消費者に伝えるのかを探っています。

MESSAGE

生産者さんが一生懸命育てた肉をおいしく食べていただけるよう、品質をきちんと消費者に伝える技術をつくるのが僕らの研究だと思っています。おいしければ、食べ残すこともないですよね。つくる人・売る人・買う人のマッチングができれば、SDGsで目指しているような、持続的な畜産につながるのではと思っています。

おいしさをはかってどう生かす?

現在の和牛の等級は霜降りの割合が重要なので、赤身が多いほど等級が低くなり安価になります。肉は、好みに個人差がある食べ物で、霜降りを好む人もいれば、日本人の2割程度は赤身が好きな人もいることがわかっています。でも、生産者みんなが売り上げが上がるからと霜降りを生産してしまうと、差別化ができなくなり、結局は価格中心の競争に陥ってしまいます。霜降りの例に限りませんが、良い肉を生産しようとする農家さんの努力や工夫が報われ、品質への対価が生産者の収益に結びつくためには、「おいしさ」を、単一ではない、いろいろな物差しではかることが有益です。どんなお客様に向けてどんな肉を生産し、売っていくのか。いろいろな食肉の品質を適正に伝えることで、農家さんも流通業者さんもお客様も納得できる価格で販売される仕組み作りに役立てたいと思っています。

MESSAGE

畜産には、お客様の目に見えないところでたくさんの技術が介在しています。食品工場の(ざん)()を使ったエサでも品質の良い豚肉を生産する技術、能力の高い家畜を産み出す繁殖技術…、農家さんをはじめ、たくさんの人の技術があり、肉や卵、牛乳は皆さんの目の前に並びます。この記事をきっかけに、こうした技術や努力に思いを馳せていただけるとうれしいです。