農研機構

インタビュー 究める人

農研機構は、地球規模で食料安定供給と環境保全を両立するイノベーションの創出に取り組んでいます。
世界に目を向けると、急速な人口増加に伴う食糧不足が予測され、地球の持続的な未来に対してどのように貢献すべきかを真剣に考える時だと考えています。
宇宙飛行士でもある毛利衛日本科学未来館名誉館長を農研機構にお招きし、『宇宙から見た地球生命と社会』というテーマで講話が行われました。その一部をご紹介します。

会場の様子

分離後の25Sから撮影されたISSとドッキング中のエンデバー号JAXA/NASA

分離後の25Sから撮影されたISSとドッキング中のエンデバー号
JAXA/NASA

プロフィール (2021年現在)
1945年、北海道生まれ。北海道大学助教授を経て、85年に日本初宇宙飛行士に選抜される。92年と2000年、スペースシャトル・エンデバー号で宇宙実験や宇宙観測を行う。宇宙授業は国民的イベントとなる。2000年、日本科学未来館の初代館長に就任。 03年、「しんかい6500」に搭乗し深海で科学実験を遂行。同年、南極で皆既日食のテレビ中継を行う。05年、日本学術会議会員。 07年、南極昭和基地にて開設50周年事業に参加。専門は核融合材料学、真空表面科学、宇宙実験、科学コミュニケーション。著書に『宇宙からの贈りもの』『宇宙から学ぶ ユニバソロジのすすめ』(岩波新書)、『モマの火星探検記』(講談社)、『日本人のための科学論』(PHP研究所)、『私の宮沢賢治 地球生命の未来圏』(ソレイユ出版)など多数。内閣総理大臣顕彰、フランス・レジオンドヌール勲章、藤村歴程賞など受賞多数。

スペースシャトルエンデバーの貨物室の中にあるロボットアームと多目的補給モジュール、ラファエロJAXA/NASA

特別講話
宇宙から見た地球生命と社会

講話者 : 毛利 衛 日本科学未来館名誉館長・宇宙飛行士
時 : 令和3年5月17日(月曜日)13時10分~14時10分

講話者 :
毛利 衛 日本科学未来館名誉館長・宇宙飛行士
時 :
令和3年5月17日(月曜日)13時10分~14時10分

細胞も地球もすべてはつながっている

私は幸運にも1992年と2000年に2度、宇宙飛行を体験しました。最初の宇宙飛行士としての任務は、34テーマの実験を研究提案者に代わって成功させることでした。もっとも時間を割いたのは細胞の培養実験でした。顕微鏡で細胞を観察しながら、ふと窓の外に見えたオーストラリアの砂漠の模様は、まるで細胞と同じように見えました。その瞬間、「すべてのものは大きさに関係なくつながっている」ということを感じたんです。これが最初の宇宙飛行で一番印象に残った出来事です。また地球に帰還後しばらくして、私は宇宙に飛び立つ前とは違うものの見方、考え方ができるようになっている自分に気付きました。

ライフサイエンス実験中の毛利さん
(スペースシャトルエンデバー号内) JAXA/NASA

人間の体は宇宙で持続的に生き延びられない

「人間は、この体では宇宙で生き延びられない」というのが宇宙を体感した私の持論です。スペースシャトルの中はすべてが人工環境です。地球から持って行った酸素と窒素を混ぜてつくった空気を吸い、燃料電池に使う水素と酸素から生成する、おいしくない「H2O」を飲んでいます。そんな環境から地球に帰還し、宇宙船のハッチが開いた瞬間、入ってきた自然の空気に微生物の存在を感じましたし、差し出された1杯の水は本当においしかった。地上に降った雨が山や地中を通る中で、ミネラルが溶け込んだ本当の水。その瞬間、動植物、微生物、鉱物も含めてすべてが地球環境の中でつながっていて、その環境に合わせて今の人間の体になっているということを身にしみて感じたんです。実際、無重力の宇宙では足の代わりに、手が4本あった方が便利だなと思いました。もし人間が宇宙に住むなら、体も形を変えていくのでしょうか。

地球上で人間だけが特別ではない

生命が地球に誕生した38億年前にさかのぼり、その生命が多様化して現在があると考えると、地球生命のつながりの中で、人間だけが特別ではないと気付かされます。地球社会が持続的に生き永らえるためには、人間社会のことだけを考えるのではなく、他の地球生命との共存を大切にし、さらに先を見る「未来智」という考え方も必要でしょう。今私が述べたことの重要性は、動植物や微生物、農業を研究している皆さんが一番よくわかっていると思います。今回の視察で、AIや、最新のゲノム編集などの技術が、農業の研究、食品の研究の現場で意識されてきているということを実感しました。Society 5.0に挑戦する農研機構に大いに期待しています。

視察

ジーンバンク、最新の育種・栽培技術や小麦ほ場を視察

講演と座談会に先立って、ジーンバンクにおける植物種子などの遺伝資源の収集・保存と利活用について視察されました。さらに、ドローン・最新の計測装置・AI・ビッグデータ・ゲノム編集などを活用した新しい育種・栽培技術の説明を受けられました。現状で10年以上かかる作物育種を、数年でニーズに合った作物の品種が出来るようにしたい、そんな将来構想を語る研究者と熱い議論を交わされていました。最後に、100系統以上の小麦品種が並んだほ場にて、現在の育種技術を視察されました。

遺伝資源研究センターの種子保管施設を視察
新しい育種・栽培技術について研究員と議論
100 系統以上の小麦品種が並んだほ場を視察

座談会

若手職員と未来を語り合いました!

「農研機構の若手職員と本音で話したい」という毛利さんの熱い思いから、13名の職員(※)と毛利さんによる座談会が実現しました。テーマは「文化としての科学技術-社会からの農研機構への期待に応えるために、農研機構職員はどのように研究および関連業務に取り組んでいくべきか-」。研究を進める上での悩みや葛藤、難しい研究の内容を一般の人に伝える際に心がけるポイント、研究者を目指す学生に夢を与える方法、研究する立場や支える立場で大切なことといった参加者からの多種多様な質問に、毛利さんは親身になって考え、丁寧に答えてくださいました。宇宙飛行士としての経験はもちろん、科学者同士の共感や、科学者と一般の人との懸け橋である日本科学未来館の初代館長としての考察から生まれる回答は、一言一言が力強く、13名の心に深く刻まれるものでした。中でも、毛利さんがNASAで学んだ"Bigpicture"と"Think ahead"という一対の言葉-全体の中での自分の役割はなんなのか、その中で次を予測して自分は何をすればいいのか-は、宇宙事業だけでなく、どのような職業・場面にも通じるもので、一人ひとりの指標となるキーワードでした。今後の農研機構職員としてのミッションにも活きてくることでしょう。

※研究職員10名(分野:画像認識、農業経営へのAI活用、ゲノム編集、温暖化対応、生物多様性保全、植物工場、動物感染症、食品QOL、食肉品質、昆虫飼料)、一般職員3名(知財、研究推進、技術支援)