農研機構

特別公開

昆虫標本館
昆虫標本150万点!

インタビュアー
なろりん
ダイバーシティの
マスコット

インタビュアー
スジヲ
食と農の科学館に
常駐しているよ

標本を作る中谷グループ長補佐 エタノールに浸けて保管していた標本を取り出す。その後乾燥させて台紙に貼り付ける
エタノール浸けの標本入りサンプル瓶と台紙に貼り付けられた標本 ラベルがつけられる前の乾燥中のゾウムシ
一般の人にとって同じに見えるゾウムシの標本でも研究者には違いが見える
お話を伺った人

植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域越境性・高リスク病害虫対策グループ吉武 啓上級研究員

植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域越境性・高リスク病害虫対策グループ中谷 至伸グループ長補佐

越境性・高リスク病害虫対策グループはどんな研究をしてるの?

害虫の防除に役立つ研究

最近は、人やモノの行き来が増えてきたことで、海外から「これまでいなかった」害虫が入ってくる危険性が高くなっています。また、海を渡って飛んでくる害虫も増えてきています。「ここにいないはずの虫が見つかった」という情報を見極めて、農作物が被害にあわないよう新しい防除の方法を開発することが、私たちの研究テーマです。そのためにはこれまで国内で集められた昆虫の標本をつくって蓄える、そして都道府県の農業試験場などから依頼された昆虫の同定もしています。

例えば、標本からこんなこともわかります。玄米の品質低下を引き起こす重要害虫の斑点米カメムシでアカスジカスミカメ。過去の標本を調べていくと1960年以前の標本が全くない。問題になり始めたのが1980年代とわりと最近になって急激に広まったことが蓄積された標本からわかるのです。

このように標本は害虫の過去から現在までの分布の変遷を追う時にも調査に役立ちます。その標本のデータを整備することも私たちのミッションです。農業にとって重要な昆虫から順次カタログ化することで、農業関係の皆さんが害虫の防除に役立てることができるからです。

スジヲのこぼれ話
標本・文献・研究者 3点揃って意味がある

標本がたくさんあるのも大事だけれど、昆虫標本館には、昆虫に関わる文献や資料も一緒に保管されているよ。「標本」と「文献」と「それを扱える人(研究者)」。
この3点が揃って初めて標本は役立てられるんだ!

なぜ昆虫標本を蓄積しているの?

標本は情報でもあり証拠でもある!

新しい害虫が発生した時にその種名を調べなければなりません。名前がわかれば素早く情報が引き出せ、迅速な対応が可能。初動の段階で「同定」といってその生物がなんであるかというのを調べることが大事です。専門家によってきちんと名前が付けられた「タイプ標本」※1がここにはたくさんあって、タイプ標本と新たに発生した害虫を見比べる「形態比較」によって確実に新しく出てきた害虫はこの種であると同定できます。昆虫標本の蓄積は形態比較にも役立つのです。

標本の用語

タイプ標本(※1)
種名を決定する際の基準となる標本で、通常新種の生物が発表される際に指定され、生物1種につき1点しか存在しない貴重な標本。タイプ標本は公的な機関に収めること、新種発表時に収蔵機関を明記することなどが推奨されています。

新種を発見することはあるの?

あります!

岩手県のわさび畑で発生したゾウムシがいて、岩手県の農業試験場から、「これはなんでしょう?」と問い合わせがありました。最初は日本で知られている種かなと思っていたんですが、なにかおかしいと思い調べてみたら新種※2だったことがありました。ここに蓄積されているゾウムシの標本と比べた時、とても似ているけど何かが違う。形態的特徴を細かく調べていくとやっぱり違いが見かりました。もう一つは三重県の観葉植物のハウスでゾウムシが発生し、もし海外から侵入したものだとしたら、日本の農作物へ大きな影響があるかもしれないので、海外の博物館まで標本を調べに行きました。今まで知られている種のタイプ標本と比較したらどれとも当たらなかったので新種※3だとして発表したことがあります。

※2 ワサビルリイロサルゾウムシ
※3 ヘデラアカアシカタゾウムシ としてそれぞれ発表された

標本について

標本の保管

本はカビ、光、虫が天敵です。湿度50%以下、紫外線をカットする蛍光灯、防虫に植物のハーブオイルを使っています。

標本づくりの難しさ

虫の動きを把握していないと標本をつくっている間に壊しちゃうんです。人間の関節も逆に動かしたら折れますよね。昆虫の体の特性を考えた上で扱ってやらないとうまく標本は作れません。

ヒトと虫の関係

全生物の約60%が昆虫類で約100万種知られている。地球は「虫の惑星」。私たち人間との関係で「害虫」「益虫」と呼ばれている。益虫は人との関係性において良い虫、役立つ虫。例えば、イチゴ栽培やリンゴ園などで働くマルハナバチ類やミツバチ類のように、農業の現場で花粉を運ぶ虫、カブトムシやクワガタのようなペットで飼う昆虫も益虫の部類になる。ただ害虫は初めから害虫ではないんだ。害虫と呼ばれる前は、自然界では普通に植物を食べ、細々と生きていた。人間が餌になるような植物を作物として作るから、どんどん食べて数も増えて害虫と呼ばれるようになる。
虫は特に悪いことをしてるつもりはないんだ。

ただの虫もいる

人間から見て害虫でも益虫でもなければ、「ただの虫」というのもいる。有名な農学者※4が提唱した言葉です。ただの虫がいることで害虫の天敵が生存できたりもする。ただの虫だけど「いることがすごく大事」。ユスリカは害虫でも益虫でもないただの虫だけれど、クモの食べ物としてとても大事。ユスリカがたくさんいることによってクモの個体数が維持され、そのクモのおかげで害虫の抑制効果があるというようにね。

※4 桐谷 圭治(1929年-2020年)
日本を代表する昆虫学者。日本応用動物昆虫学会名誉会員、アメリカ昆虫学会フェロー。『「ただの虫」を無視しない農業』(築地書館)などの著書もある。