農研機構

特集1 海外からの侵入を防ぐ

口蹄疫 Foot-and-Mouth Disease(FMD)
万が一発生した場合、迅速な対応をとるための準備

ここが
ポイント!

2010年、宮崎県で発生が確認された口蹄疫は感染が拡大し、深刻な被害を畜産農家に与えました。懸命の防疫措置が講じられた結果、約4カ月で感染は終息。2012年には国際獣疫事務局によ り「ワクチン非接種口蹄疫清浄国」の認定を受けました。

ただ近隣諸国では依然口蹄疫が発生しており、人や物の往来が増加した今、口蹄疫の国内流入のリスクに常にさらされていると言っても過言ではありません。

農研機構では日本だけではなく世界の畜産業をも衛る抗原検出キットを民間企業とともに開発しました。また、新しいタイプのワクチン開発も進めています。

口蹄疫とは

発症動物の口や蹄に多量のウイルスを含む水疱が形成される。唾液、鼻汁、乳汁、ふん便等からもウイルスが排泄される。感染動物や、ウイルスに汚染された畜産物、人および車両によって拡大する。

世界から口蹄疫をなくせ! 抗原検出キットとワクチン

日本を口蹄疫から衛るために、海外の口蹄疫の流行を抑えたい!

動物衛生研究部門
越境性家畜感染症研究領域 海外病グループ
上級研究員森岡 一樹
MORIOKA Kazuki

7血清型の検出・型別可能なキットの開発

口蹄疫は非常に伝染力が強いこともあり、防疫には迅速かつ正確な診断が必要とされます。ですから、畜産現場で獣医師さんによる一次検査ができれば、防疫のスピードが上がるのではないかと一次検査キットの開発が望まれていました。

また、口蹄疫は互いにワクチンの効かない7つの血清型があり、ワクチンの準備等のためにはなるべく早く血清型別が判明することが必要です。そこで、簡易・迅速かつ高感度に口蹄疫ウイルス全7血清型を検出し、さらに血清型別が可能なイムノクロマトキットの開発に取り組みました(*)

※成果情報
[イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ) / 研究紹介2019] 口蹄疫ウイルスの全7血清型の検出および型別が可能なイムノクロマトキットの実用化

民間企業との協働

イムノクロマトキットの製品化を民間企業と共に取り組みました。製品化にあたっては、高いバイオセキュリティが要求される発生現場で使用できるように、装置を使わずに測定できることに留意しました(図1)。また海外の市販品は、サンプル中に唾液が含まれると検査できない問題がありましたが、この製品はその問題を克服しました。こうして開発した製品は、従来の検査に比べて飛躍的に陽性の検出率が向上しました。

製品化までの農研機構と民間企業の役割としては、我々が口蹄疫ウイルスに反応するモノクローナル抗体を作り、民間企業は検査ツールとしてキット化し、そのキットを我々が評価するというふうに分担しました。

動衛研は獣医師を中心とした集まりです。僕が悩んでいることに対して、民間企業の理系学部出身の技術者はブレイクスルーするアイデアを持っていて、そういうやりとりは興味深かったですね。逆に、感染症が専門ではない技術者の方達に、感染とは、ウイルスとは、を開発段階で繰り返し伝え、軌道修正していく手間と困難はありました。でも結果的には、それぞれの強みをうまく活かせたと思います。

図1抗原検出キット「NH イムノスティック 口蹄疫」

動物医薬品製造許可の薬事承認を取得。今後は、抗原検出キットと口蹄疫ウイルス血清型別検出キットを合わせて海外で展開される見通し(*)

*2019年1月16日ニュースリリース国内初、口蹄疫抗原検出キットの薬事承認を取得~家畜疾病のまん延防止及び安定的な食肉供給への貢献を目指し、動物用体外診断用医薬品を製造販売~ : 日本ハム(nipponham.co.jp)

日本から世界へ羽ばたく検査キット

口蹄疫が流行する東南アジアでの発生報告は氷山の一角にすぎません。もっともっと潜在的に口蹄疫は発生しているはずなのに、摘発されていないだけだと思います。簡単に迅速に正確に検査できるキットが普及することで、本当の発生状況や、流行している血清型も明らかになると思うのです。海外での流行を抑えることが、最終的には、海外から日本国内への口蹄疫侵入のリスクを減らすことにつながります。

研究者としての信念

実家が畜産農家で、牛を飼育しています。下痢や肺炎を起こす伝染病で子牛が死ぬことがあり、助けてあげたい気持ちから獣医師になリました。研究では動物の命を絶つ場面もあります。個別の診療をする獣医師であれば、救える命もあるわけですが、家畜衛生の研究者として研究する先には多くの救える命がある。そういう気持ちで研究をしています。

夢は殺処分の必要のないワクチン接種体制を作ること

動物衛生研究部門
越境性家畜感染症研究領域 海外病グループ
川口 理恵 研究員
KAWAGUCHI Rie

新規ワクチンの開発を目指して

未だ世界にない新しい口蹄疫ワクチンの研究開発に取り組んでいます。既存の口蹄疫ワクチンは不活化ワクチン(図2)で、一定の効果は認められますが、感染を完全には防御できず、症状やウイルス排泄量を減らすために時間と投与回数を要するなど、口蹄疫防除において大きな課題があります。その課題を解決するために、より感染拡大防止に有効な新規ワクチンの開発を研究しています。現段階ではまず、基礎的知見を得るために、感染メカニズム解明を目標としています。口蹄疫の自然感染経路である経口投与で、病原性が異なる2つのウイルスがあることがわかり、そのウイルスの性質をよく探って、最終的には感染メカニズム解明につなげたいと思って取り組んでいます。

口蹄疫に感染した家畜(患畜)が発見された場合、同じ農場とその周辺の指定地域の家畜を全頭殺処分する摘発淘汰という方針が日本を含む多くの国で取られています。既存ワクチンは感染を完全に防げないため、使用によって発生を見逃し終息を遅らせる可能性があることから、ワクチン接種は原則行われません。もし感染予防効果の高いワクチンが存在しワクチン接種が実施されれば、患畜以外の大量の家畜を処分する必要はなくなるかと思います。そんなワクチンを開発し殺処分頭数を減らすことができればと思いながら研究に励んでいます。

図2 不活化ワクチンと
生ワクチンの違い

不活化ワクチン

長所 : 比較的安全
短所 : 複数回の接種が必要など
人の実用例 : インフルエンザ、ポリオ、日本脳炎、肺炎球菌など

生ワクチン

長所 : 効果が持続しやすい
短所 : 開発に時間がかかる
人の実用例 : 麻疹、風疹、BCG、ポリオ、水痘・帯状疱疹、など

そのほかのワクチンの種類 ()内は実用例
組み換え蛋白ワクチン(帯状疱疹、B型肝炎、破傷風、百日咳)、ウイルス粒子様ワクチン(ヒトパピローマウイルス)、ウイルスベクターワクチン(COVID-19)、DNAワクチン(COVID-19)、RNAワクチン(COVID-19)

人と動物双方の生活をより良くする

子どもの頃から動物が好きでした。高校生の時に2010年の口蹄疫が発生し、牛や豚が殺され農家さんが泣いているニュース映像に衝撃を受けました。動物のことを学びより良い関係を築きたいと思い、大学は獣医学部を目指しました。獣医学部の学びの中で、「獣医師というのは人と動物双方の生活をより良くする職業だ」という先生の言葉が強く心に残っていて、自分もそういう獣医師でありたいと思っています。当時は遠い地域の惨事だった口蹄疫が、今は自分の研究課題になっていることは不思議だなと感じます。また、動衛研の先輩研究者さんから多くを学んで、畜産現場に貢献できるような研究成果を出したいです。

研究室訪問

写真左から : 川口研究員、加藤友子検査技術専門職員、西達也研究員、森岡上級研究員