農研機構

特集2

病性鑑定を活かす
緊急性の高い病性鑑定

特集2 病性鑑定を活かす 緊急性の高い病性鑑定 「豚熱/高病原性鳥インフルエンザ

ここが
ポイント!

高病原性鳥インフルエンザや豚熱は畜産業に多大な被害をもたらします。また、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザはまれに人に感染する事もあります。そのため、これらの伝染病の早期発見・診断のための病性鑑定や発生の予防、そして万が一発生が起こった場合の初動防疫が日本の食の安全や人の健康を守るのに大切なのです。

農研機構では、重要家畜伝染病が発生した場合の緊急対応と、家畜伝染病予防につながる研究を日夜続けています。

鶏画像

家畜伝染病
高病原性鳥インフルエンザ
Highly Pathogenic Avian Influenza

A型インフルエンザウイルスの感染による家きん(鶏、うずらなど)の病気。高い致死性と強い伝播性から、まん延すると、個々の農家のみならず、養鶏産業全体に甚大な影響を及ぼす。

人獣共通感染症研究領域
新興ウイルスグループ

人獣共通感染症研究領域
新興ウイルスグループの研究

人と野生動物・家畜に共通して感染する人獣共通感染症を起こすようなウイルスについて、動物側でのウイルスの感染の仕組みや動物や人への感染防御策などの研究をしています。

人獣共通感染症の研究は人と動物の両方に貢献できます!

動物衛生研究部門
人獣共通感染症研究領域
新興ウイルスグループ
峯 淳貴 研究員 MINE Junki

緊急事態発生!

病性鑑定

2020年、国内で高病原性鳥インフルエンザが大流行し養鶏業に多大な影響を与えました。高病原性鳥インフルエンザ発生が確認されるまでの流れとしては、まず養鶏場から家畜保健衛生所へ通報があります。そこで獣医師が簡易検査で診断します。鳥インフルエンザだと判明したら遺伝子検査へ進み、H5亜型やH7亜型と診断したら農研機構でさらに高病原性か低病原性かなど詳しい解析を行って鑑定結果を出します。獣医師さんと農林水産省と農研機構で夜通しの作業になることもあります。2020年10月から始まった大流行の時は翌年の3月まで鳥インフルエンザ病性鑑定が続きましたが、特に2月はずっと研究室にいたような気がします。多忙な期間は農林水産省の動物医薬品検査所や動物検疫所からも助っ人に来てもらって、緊急事態に備えました。

緊急対応時の病性鑑定では、すぐに診断して対策に活かさないと他の養鶏場に簡単に伝播が起こってしまいますから、スピードが非常に重要ですし、判断にはミスが許されません。判断を間違うと畜産農家さんの被害につながってしまうので、重圧と緊張が続きます。

豚インフルエンザの研究

2009年に発生した新型インフルエンザのパンデミックは、A型インフルエンザウイルスのH1N1亜型のウイルスが原因でしたが、これは豚と人と鳥のインフルエンザウイルスの遺伝子が混合したウイルスが引き起こした人獣共通感染症でした。そのため、パンデミックウイルスの出現を未然に防ぐためには、鳥インフルエンザウイルスと共に豚インフルエンザウイルスの監視も必要です。

豚インフルエンザは、豚熱やアフリカ豚熱のように家畜に致死的な病気を起こすウイルスではありません。だから、飼育されている豚の集団の中での豚インフルエンザについてあまり研究がされていないのが現状です。そこで私は、実際に豚インフルエンザが流行している農場と協力して、ウイルスを排除するための実証実験を行っています。豚インフルエンザウイルスで問題なのは、他の病原体と一緒に感染して、その症状を増悪してしまうことです。豚インフルエンザウイルスの伝播力は非常に高いので、一度農場に入ってしまうと排除しにくい。排除できるようになれば、他の病原体による被害も軽減できると考えています。

ワンヘルスにも貢献

2009年のインフルエンザのパンデミックが人獣共通感染症の病原体であったことからわかるように、ウイルスのモニタリングを続けることは、人の公衆衛生の向上にもつながります。

私の研究の目的は病原体による畜産農家さんの被害の軽減ですが、さらに人獣共通感染症の研究を通してワンヘルス(*)にも貢献していきたいと思っています。

ワンヘルス : 人と動物の健康、健全な環境は一体であるという概念

研究室訪問

写真左から : 近内将記さん(神奈川県長期研修生)、峯研究員、中村小百合さん(研究補助職員)

豚画像

家畜伝染病 豚熱
Classical Swine Fever

豚熱(CSF)は豚熱ウイルス(CSFV)の感染による豚とイノシシの家畜伝染病で、高い致死率と、強い伝染力が特徴。伝染病対策の基本は侵入防止と早期発見・早期摘発。

越境性家畜感染症研究領域
海外病グループ

越境性家畜感染症研究領域
海外病グループについて

国際的に重要な家畜の伝染病である口蹄疫やアフリカ豚熱、豚熱の研究と診断を担当している小平海外病研究拠点のグループです。海外試験研究機関との連携のもとに病原体の高度封じ込め施設である海外病特殊実験棟を活用し、これら伝染病の原因ウイルスの性状解析に基づく新規診断法および防除技術の開発を推進しています。

2時間ぐらいで診断できる遺伝子診断法の開発をしています

動物衛生研究部門
越境性家畜感染症研究領域
海外病グループ
西 達也 研究員 NISHI Tatsuya

国内の豚熱の伝播

私は主に豚熱ウイルスのゲノム解析をしています。その情報をもとに、どこからウイルスが持ち込まれ、どのような経路で農場に入ったのか、どういう要因が考えられるかなどを疫学チームと一緒に解析しています。外国から国内へどうやってウイルスが侵入したかの特定はかなり難しいですし、はっきりとはわかっていません。ただ、養豚場にウイルスが持ち込まれる経路は、イノシシが餌を求めて養豚場のフェンスの隙間から農場に侵入する場合や、人がウイルスに汚染された靴や車両で農場に入って感染させてしまうケースなども考えられます。養豚場で豚熱の感染が判明すると、その養豚場の豚はすべて摘発淘汰になり大きな損害につながりますので、ゲノム解析によって感染ルートを推定し、その後の防除に活かすことは非常に大事です。

緊急事態発生!

豚熱との因縁を感じた初発例鑑定

2018年9月に岐阜県の養豚場で発生が確認された豚熱※1は、野生のイノシシが媒介したため感染する地域が広がり、多くの養豚農家さんに大きな打撃を与えました。1992年の熊本県の発生以来、国内での発生は26年ぶりでした。その初発例の病性鑑定をしたことが印象に残っています。
家畜保健衛生所から「陽性」の報告が金曜夜にあり、農林水産省との協議が行われました。私の所属するグループへサンプルが送られて、手元に届いたのは土曜の14時過ぎでした。私は休日である土曜の朝、のんびりと過ごしていたのですが、上司から電話があり「西君やってくれ」と初発例の鑑定を任されたのです。ただちに検査を開始してその判定が出るまで12時間ぐらいかかるので、終わったのは真夜中でした。

僕が小学生のときに、この豚熱という家畜伝染病を知りました。そこから獣医を目指そうと思ったんです。26年ぶりの初発例をまさか自分が鑑定するなんて、何かの因縁を感じました。鑑定に責任と重圧はありましたが、「このために勉強してきたんだ」という気持ちが強かったです。

また、アフリカ豚熱や口蹄疫が周辺の国では頻発し、いつ日本に持ち込まれるのか緊張が続いている中で当時それほど注目されていなかった豚熱が発生したのはとても意外でした。「人の思った通りにウイルスは動かない」と改めて思いましたね。

※1 : 2018年9月、国内では26年ぶりとなる豚熱が岐阜市内の養豚場で確認され、県内20カ所の養豚場で発生し、飼育中の豚11万6千頭のうち、約6割の7万頭が摘発淘汰された

殺処分を減らすことを目標に

養豚場などでは豚熱ワクチン接種を実施しています。「ワクチンを打てばもう安全」ではなく、ワクチンを接種済みの豚でも数は少ないけれど豚熱に感染する例が起きています。ワクチンブレイク※2と言います。また、子豚の感染例も報告されています。親から受け継いだワクチン抗体が消える生後2カ月頃にワクチンを打つのですが、それより前に抗体が消えてしまって感染するようなのです。

今ある豚熱ワクチン以外にも打ち手があれば、という想いで、私は豚熱の新しい診断法の開発以外に、ワクチンや抗ウイルス薬の研究もしています。豚熱による摘発淘汰を一件でも減らすことを目標に、研究に日々取り組んでいます。

※2 ワクチンブレイク : ワクチンブレイク(vaccine break)とは種々の原因によりワクチン接種を行ったにも関わらず免疫が十分に賦活されず、通常のワクチンの効果が発揮されないこと