特集2
病性鑑定を活かす
多様な疾病の病性鑑定
ここが
ポイント!
人や動物の健康や環境に影響を与える病気や、緊急性はなくても家畜にとっては重要な病気を防ぐ研究に農研機構は取り組み、人と動物、環境を守ることに貢献しています。
人獣共通感染症研究領域
腸管病原菌グループとは
細菌を制御する
病原性大腸菌やサルモネラ、カンピロバクターといった腸管病原菌を研究対象にしています。これらは、人において食中毒を引き起こす病原菌としてよく知られています。グループでは病原性大腸菌やサルモネラについてのゲノム情報、塩基配列の情報を基に、病原性や薬剤耐性の伝播による菌の進化を明らかにし、流行株や高リスク群を同定する技術を開発しています。カンピロバクターについては、家畜の腸管から排除するための技術開発にも挑戦しています。いずれも、腸管病原菌による家畜や人への感染リスクの低減を図ることが目的です。
動物衛生研究部門
人獣共通感染症研究領域
腸管病原菌グループ
新井 暢夫 研究員 ARAI Nobuo
サルモネラ症とは
サルモネラ属菌(以下、サルモネラ)を研究しています。家畜伝染病予防法では、サルモネラのある特定の血清型(ダブリン、エンテリティディス、ティフィムリウム、コレラエスイス、ガリナルム)を原因とした牛、豚、鶏、うずらなどの家畜・家きんの疾病をサルモネラ症として届出伝染病や家畜伝染病に指定しています。サルモネラ症は血清型や宿主の種類、年齢によって原因や症状が異なります。下痢や敗血症、急性の場合は死に至る場合もあります。汚染された飼料やネズミ、イノシシなどの野生動物などによってサルモネラは農場に侵入し、家畜に感染します。農林水産省がサルモネラ症の統計を取っていますが、特定の血清型によるサルモネラ症は、牛豚ともに年数百頭レベルで出ています。件数からいっても家畜の伝染病、感染症の中では重要な位置を占めていて、畜産農家さんの経済的な損失は大きいと思います。
サルモネラ Salmonellosis : 食中毒(感染性腸炎)の原因菌や3類感染症である腸チフス、パラチフスの原因菌となる数千種類の膨大な菌種、菌型群の総称です。血清型による分類は、サルモネラのO抗原とH抗原および一部の菌が持つK抗原の抗原性の組み合わせで分類されます。これら抗原の組み合わせにより、約2,600種類もの血清型が存在します。
簡易に識別できる手法を開発
特に注視すべきなのは、病原性が強く、複数の抗菌薬に対する耐性(多剤耐性菌)を持っている系統です。サルモネラの中でも、血清型O-4群に属するティフィムリウムは、牛や豚のサルモネラ症の主要な原因菌で、感染すると、動物に下痢などの消化器症状を引き起こします。このティフィムリウムの全ゲノム情報を基に、国内の家畜に分布するティフィムリウムがどんな遺伝的背景を持っているのかを調べました。そして、ティフィムリウムにいくつかの系統があることがわかり、系統を簡易に識別する手法を開発しました。迅速に、簡易に識別できる手法なので実際の現場の方に使っていってほしいと思っています。
人との関わりを見据えた研究
人獣共通感染症で言うと、サルモネラは家畜の感染症だけでなく、食中毒など人の感染症の原因としても重要な細菌です。私は家畜衛生の観点から研究を行っていますが、畜産における病原細菌の汚染リスクを制御することは、畜産物の汚染リスク低減につながり、ひいては人の健康に結びつくものと考えています。このため、家畜動物に広く分布している病原細菌のリスクを適切に把握し、制御する手法を今後も開発していきたいと思っています。
研究室訪問
写真左から : 岩田剛敏主任研究員、渡部綾子主任研究員、楠本正博グループ長、玉村雪乃主任研究員、新井研究員
衛生管理研究領域
病理・生産病グループとは
病気を解明する
病理と生産病それぞれの担当があり、病理担当は家畜・家禽の病気の原因を明らかにする研究を行っています。病理学的診断をより効率よく正確にする方法の開発や、バーチャルスライドでの遠隔診断を可能にするシステムの構築にも取り組んでいます。
生産病担当は、主に牛の乳房炎などの研究をしています。
動物衛生研究部門
衛生管理研究領域
病理・生産病グループ
黒川 葵 研究員 KUROKAWA Aoi
病理の仕事とは
病理の仕事はテレビドラマで時々出てくる「法医学」をイメージするとわかりやすいと思います。病理はすべての病気の診断に関わります。なぜこの病気が発生したのか、どうしてこういう症状が出るのか、死因は何なのか、病名は何なのか。臓器、組織、細胞の標本を、肉眼や顕微鏡などを用いて検査し、それらが病気に侵されたときにどういった変化を示すかについて研究するのが仕事です。私たちはそこからさらに発展させて、より良い診断法の開発に取り組んでいます。
マレック病について
私はマレック病を専門に研究しています。届出伝染病であるマレック病は、鶏やウズラが感染するウイルス性感染症で、リンパ腫という腫瘍を誘発します。感染性ウイルスを含んだフケから、同じ農場にいる鶏に病気が広がっていき、感染した鶏の体のあちこちに腫瘍ができたり、翼や脚に麻痺が生じて立てなくなったりして衰弱し、死に至ります。また産卵率が低下したり、ブロイラーでは食用にできないので廃棄され、養鶏農家にとって経営に大きな打撃を与える伝染病です。ワクチンはあるのですが、なぜ効くのか不明なところがあったり、海外ではワクチンが効かない変異株が出現したりしています。農研機構に入ってマレック病の研究を勧められたのですが、国内の専門家が少ないので私がやらなければという気持ちで研究しています。
新しい診断法の研究
家畜保健衛生所での診断が難しい病気の標本が農研機構に届き、詳しい検査をしています。診断がつきにくい例として、マレック病と鶏白血病があります。両方とも鶏にウイルス性リンパ腫を誘発することから見分けることが非常に困難です。そこで、効率よく正確に診断できる新しい診断法を作ろうと取り組んでいます。マレック病はウイルスに感染した鶏の一部が発症する病気なので、ウイルスを検出するのではなく、リンパ腫の細胞に特異的に発現するタンパク質を検出することで、マレック病によるリンパ腫であることが確定できるのではと考えています。すでにウイルスのタンパク質を検出する抗体は作製していて、現在は、本当に正しく診断ができるのかという検証を行っています。今研究中のマレック病の診断法が確立できれば、現場で効率よく正確に診断ができるようになり、病気の広がりを早期に抑えることができます。さらに、正確かつ迅速に診断ができれば、養鶏農家さんは不要な対策をしなくて済み、無駄な出費を抑えることができます。
子どもの頃飼っていたヒヨコが、病気になったり死んでしまったりして、なんでだろう、どうしてだろうと思ったのが獣医を志したきっかけのひとつで、自分が今こうして、鶏の病気の研究をすることができてうれしいです。また、協力をいただいている全国の家畜保健衛生所の皆さんに研究の成果を還元して、「うまくいったよ」と言ってもらえたらもっとうれしいと思います。
研究室訪問
写真左から : 山本佑上級研究員、黒川研究員、遠藤泰治さん(山口県長期研修生)