農研機構

特集1 ポイント 改正種苗法

農水省
種苗室長に
聞きました。

優れた品種が支える日本の農業

日本の農業の強みは何と言っても優れた新品種の開発力にあります。
優良な品種の海外流出が明らかになり、日本の農業にもたらしたであろう損失が問題視されています。
農林水産省 輸出・国際局 知的財産課 藤田 裕一 種苗室長に種苗法改正がどう日本の"強み"を守るのかを伺いました。

農林水産省 輸出・国際局 知的財産課
藤田 裕一 種苗室長

日本の強みは優れた品種にあり

改正種苗法は品種開発を推進

品種開発を促す

種苗法は知的財産権を保護して新品種の開発を促すという側面もあります。新品種は日本の農業の強みとなる重要な役割を果たしています。日本にはブランドのお米や、有名なイチゴなどがあり、それらの持つ品種の力が海外でも高く評価されています。また農業者にとっても新品種というのは重要です。生産性の向上や病気に強い品種、気候変動に適応した品種、加工に適した品種など、日々新しい品種が求められています(図1)。しかしながら、日本の新品種の出願件数は年々落ちてきて、2007年のピーク時から4割も減ってしまっています。日本の農業を支え、未来を拓いていくような新品種をしっかり保護できるようにすることが今回の改正種苗法のポイントの一つです。また、育成者に知的財産権である育成者権を付与することで、優れた品種を生み出すエンジンになればと考えています。

図1 : 優れた特性を持つ品種(農研機構育成品種一例)

にじのきらめき [高温耐性に優れた多収米]

左 : にじのきらめき 右 : コシヒカリ

高温条件で栽培しても品質に優れる良食味の水稲品種。耐倒伏性の強い多収米で、縞葉枯病に抵抗性を持つことから各地で作付けが広がる。

べにはるか [しっとり極甘のサツマイモ]

食味、いもの形、収量性、病害虫抵抗性とバランスのとれた品種。焼き芋や干し芋のほか、色々な加工に適している。

ぽろたん [ポロッとむける不思議な栗]

果実が大きく食味に優れ、渋皮がポロッと簡単にむける画期的なニホングリ品種。和洋菓子の加工品をはじめとした需要拡大が期待される。

日本の優位性を保つ

人口減少で国内市場が縮小している日本においてブランド農産物で海外市場を拡大することは、日本農業の発展に必要だと思っています。国の機関である農研機構の開発した品種は、日本の農業者のための品種ですが、例えばシャインマスカットに関しては日本が輸出しようとする国々ですでに中国産、韓国産のシャインマスカットが出回っています。本来は日本固有のブランド農産物として市場を独占するはずなのに外国産との競争を強いられてしまっています(図2)。優れた品種ほど海外でも作って売りたい方がいます。日本の農業者が得られるはずの利益が品種の海外流出による競争で失われてしまうのは大きな問題と考えています。

図2 : わが国で開発された優良品種の海外流出
出典:農林水産省「改正種苗法について~法改正の概要と留意点~」(2021年11月)

国内

  • シャインマスカットはわが国で育成されたブドウ品種
  • 甘みが強く、食味も優れ、皮ごと食べられることから、高値で取引
苗木が海外に流出
海外への輸出可能性大

中国

  • 「陽光バラ」「陽光玫瑰」「香印翡翠」等の名称での販売を確認
  • 「香印」を含む商標の出願(香印青提、香印翡翠)が判明
  • 日本原産として、高値で苗木取引

※「香印」はシャイン(Xiang yin)と発音

中国産「陽光バラ」
(約490円/パック)

中国産「香印翡翠」
(約1,357円/kg)

韓国

  • 韓国国内でのシャインマスカットの栽培、市場での販売を確認
生産物が更に輸出
流出先国における市場の喪失

東南アジア等

  • タイ市場で中国産、韓国産シャインマスカットの販売を確認
  • 香港市場で中国産、韓国産のシャインマスカットの販売を確認
  • マレーシア、ベトナム市場で韓国産シャインマスカットの販売を確認

タイ市場で発見された中国産「陽光バラ」

タイ市場で発見された韓国産「SHINE MUSCAT」

第三国における市場の喪失

2つのメリット

改正前の種苗法では、正規に種苗を販売した後は、その利用や海外への持ち出しも含めて制限できないという規定になっていました。購入した果樹の苗木を海外へ持ち出すことも自由で、違法ではありませんでした。この改正のメリットは、育成者によって輸出できる国や栽培地域が指定できるようになったことで、海外流出を防ぎ、ブランド産地化づくりがしやすくなります。もう一つのメリットは、登録品種の増殖を許諾制にしたことで「どこで誰が何を増殖しているか」を育成者が管理しやすくなったこと。十数年前、山形県が育成したさくらんぼ品種「紅秀峰」の苗木が自家増殖した農家からオーストラリアの果実生産業者に譲渡され、オーストラリアで産地化された出来事がありました。オーストラリア産紅秀峰が日本に輸出され ようとしたときに初めて、「なぜオーストラリアに?」と騒ぎになりました。このようなことも改正によってなくなると思います。

登録品種は多くない

登録品種だけでなく在来種などの一般品種まで制限されるのではと思われた方がたくさんいらっしゃいましたが、種苗法はあくまで知的財産権の一つである育成者権を保護する法律です。日本には多様な品種がありますが、育成者権がある品種=登録品種は多くはありません。まさに優れた新品種が育成者権の対象になりますし、種苗法における育成者権の効力は25年(果樹などについては30年)で、一定期間が過ぎると一般品種として誰もが使えるようになります。

許諾料について

シャインマスカットの開発には33年の年月と多大な労力、コストがかけられています。開発にかかったコストを回収できないということは、新しい品種の開発に着手する機会を奪いかねません。日本の場合、農研機構のような公的機関のほかにも種苗会社や個人の育種家が品種開発に取り組まれています。品種開発を法でしっかりと支えることで、新品種が次々に生みだされる環境をつくりたいのです。誰でも使える一般品種はたくさんあり、それらは種苗法改正によって何も変わることはありません。育成者権のある登録品種を使うにあたっては、許諾料を支払い、開発にかかったコスト、海外流出に対しての取り組みにかかったコストなどを農業者の皆さんにも一部を負担していただき、開発の支援をしていただくことで品種の価値を守り、ひいては農業者の利益を守ることにつながります。昨年行われた農業者向けの説明会では、この点について多くの方にご理解いただけたと思います。

品種は日本の宝

優れた品種は言ってみれば日本の宝です。この宝を使えることは、日本の農業者の皆さんにとっての大きな特権です。そのような品種をみんなで守っていこうと思っていただければ幸いです。