農研機構

インタビュー 究める人 サツマイモ基腐病に挑む人
Researcher File → Number/001

サツマイモ基腐病に挑む人

九州沖縄農業研究センター
暖地畑作物野菜研究領域 カンショ・サトウキビ育種グループ
小林 晃グループ長
KOBAYASHI Akira

略歴

長野県出身

1995年3月
東北大学大学院農学研究科
植物病理学分野 博士課程修了
1995年4月
農業生物資源研究所 COE特別研究員
1997年4月
北海道農業試験場
(現北海道農業研究センター)
2011年4月
九州沖縄農業研究センター

学生時代は植物病理学を専攻し、博士号取得後はポスドクとして旧農業生物資源研究所でCOE特別研究員として2年間、花の器官形成に関わる研究をしていた小林グループ長。1997年、農林水産省の北海道農業試験場(現北海道農業研究センター)に入り、ジャガイモの品種開発に関わってきました。2011年に九州沖縄農業研究センターに異動後は、でん粉と焼酎用の育種をメインに担当しています。

都城研究拠点はサツマイモなどの畑作物の品種開発拠点で、今は、「オール都城」で、基腐病対策の研究が行われています。小林 晃グループ長は、品種開発のスペシャリストとして、基腐病に強い品種の開発に取り組んでいます。

◉尖った品種開発

サツマイモでは新品種の開発に10年はかかります。今求められているニーズで品種開発を始めても遅いのですよね。とはいえ、10年先のことはわかりませんから、10年先はどういう世の中になっているのだろうか、自分なりに予測して、その時に必要とされる品種をイメージし、研究グループでの議論を経て交配します。品種開発で私が目指すのは、何かに秀でた品種、突出した特性を持つ"尖った品種"です。なかなか振り切るのは勇気がいります。しかし、普及にはインパクトが必要です。中途半端ではだめです。これは北海道農業研究センター時代、ジャガイモの品種開発※1に長く関わっていた経験から得た実感です。ジャガイモの新品種は新たな市場開拓のきっかけとなりましたが、本来は、大学時代に植物病理学の研究をしていたこともあり、「病気に強い品種」が私の品種開発の重要なコンセプトとなっています。

【注釈】
*1 オレンジ色の「インカのめざめ」、赤色の「ノーザンルビー」と紫色「シャドークイーン」などのカラフルポテトでジャガイモの新たな魅力発信と市場を開拓した

◉育成者の喜び

サツマイモの実

でん粉原料用の主力品種は、1985年に品種登録されたシロユタカです。焼酎用のコガネセンガン、青果用のべにはるか、ベニアズマ、高系14号に続く、日本のサツマイモの主力品種の一つです。鹿児島県では、コガネセンガンに次ぐ主力品種として栽培されていますが、サツマイモつる割病※2に弱く、「なんとかしてほしい」という切実な声がJAや生産者の方達からたくさん挙がっていました。そんな状況の中、2009年に行った交配の中から選抜した九州181号(こないしんの旧系統名)にサツマイモつる割病抵抗性があることがわかりました。後に、基腐病に対しても、やや強い抵抗性があることもわかりましたが、2019年に品種登録出願※3した当時は「多収でつる割病に強いこないしん」をキャッチコピーとしていました。現在、こないしんの栽培面積は1,000ヘクタールを超えています。短期間でここまで普及したのは、鹿児島県のJAやでん粉製造事業者が、シロユタカからこないしんへの全面切り替えに向けて積極的に取り組んでくれたことが大きいのですが、こないしんが基腐病にも強かったことが、普及をより一層加速させました。こないしんの普及は、自分が信念を持って病害抵抗性品種の開発に取り組んできたことが正しかったと評価されたことにもなりますから、私が携わってきた他の品種が普及するのとは、うれしさの次元が違いました。

【注釈】
*2 主に、糸状菌(かび)の一種であるFusarium oxysporum f. sp. batatasによって引き起こされる病害
*3 2022年1月に品種登録

◉技能伝承

繊細な受粉作業の様子

品種開発は10年かかるのですが、10年後も自分がここにいるかどうかはわかりません。だからこそ、チームが重要です。私が交配したものを、私がいなくなった後も誰かが引き継いでいく。場合によっては交配した自分の意図しない結果になることもあるかもしれませんが、それが良いほうに転がることもあります。そこがチームでつないでいく品種開発の面白いところです。ちょうど、今年3年目になる新人研究員に、品種選抜などの技能を伝授しています。研究には自由な発想が大事ですから、私は発想の幅を広げるヒントを与えるのみ。主体性を養っていってほしいと思っています。そして、サツマイモの奥深い世界を知り、自分が選んだ研究テーマで一人前の研究者になり、チームを引き継ぐ人材に育ってほしいと願っています。

◉サツマイモの可能性

サツマイモには無限の可能性があります。ジャガイモからサツマイモに移った年のイモ掘りの時、ラグビーボールよりも大きなサツマイモを目の当たりにして、「なんでこんなイモが採れるの」と、サツマイモのあふれでる可能性に衝撃を受けました。私は育成に携わってはいませんが、こなみずき※4という低温糊化性でん粉をもつ奇跡のような品種があります。サツマイモは六倍体※5の作物ですが、低温糊化性に関わる6個の対立遺伝子すべてが劣性遺伝子だったときに低温糊化性という形質が表われることがわかりました。ひとつでも優性遺伝子があったら低温糊化性にはならないのです。低温糊化性以外にも、まだまだ表現型として姿を見せていない、隠れた形質がサツマイモには潜んでいる可能性があります。これが本当にサツマイモの面白いところで、秘めた能力を発掘するのも私たちの役目だと思っています。未来に食糧危機が起こったとしたら、サツマイモは、世界を救う作物になるかもしれません。江戸時代の飢饉では、人々を飢えから救った作物ですから。

研究の頼もしい仲間、業務科の皆さんと

【注釈】
*4 シロユタカよりも糊化温度が約20°C低く、また、糊化したでん粉を冷蔵保存しても離水が少なく、保水性と柔らかさを維持できる(老化しにくい)という特性を持っている。2012年品種登録
*5 サツマイモは、6組の染色体セットをもつ高次倍数体作物で、交配により得た子孫では非常に多くの染色体組み合わせを生じる。2組の染色体セットをもつ二倍体作物のイネなどと比べると膨大な染色体の組み合わせ数となるので、目標とする遺伝子型に近い個体を得ることが難しく、作業に非常に大きな労力が必要

今は、基腐病を克服する品種を開発すること以外は考えられません。日本だけでなく海外の品種も植えられている

こんな人

暖地畑作物野菜研究領域
高畑 康浩 研究領域長

小林グループ長は非常に優れたリーダーであり、育種家です。植物病理学と融合した品種開発は特徴的な成果を出します。基腐病が拡がる中、最適な人物で、ここにいてくれたことは幸運です。


こんな人

暖地畑作物野菜研究領域
カンショ・サトウキビ育種グループ
川田 ゆかり 研究員

今年から主体的に、交配の計画、選抜まで1年間かけて取り組むことになりました。小林さんは、大事なポイントで「なぜ今これをやるのか」など一つひとつの過程に意味があることを教えてくれます。学びながら、自分がどういう育種家を目指すかを探っていきたいです。


Message

昔、黒斑病というサツマイモの病気が大問題になったことがあり、その時は10年で克服することができたそうです。しかし今は、病気に関する様々な研究成果の蓄積があります。10年もかからずに、基腐病を克服できるはずです。栽培技術と抵抗性品種の組み合わせが大事になりますが、抵抗性品種への置き換えは生産者にとってコストがかからない技術として特に重要だと思っています。「こないしんがあったから、諦めずにもう少し頑張ってサツマイモを作ってみようと思った」という声を生産者さんたちから聞いて、抵抗性品種が役立つことを実感しています。「本当にコストのかからない抵抗性品種を作ります。サツマイモ栽培を諦めないでください。必ずいいものを作ります。一緒に頑張りましょう」と生産者の皆さんに伝えたいです。