農研機構

特集1

相手を知る研究

竹内 正彦 研究領域長
なぜ、
相手を知る
研究が
必要なのか

鳥獣害は多種多様だから

農作物に対する鳥害の半分近くはカラス類によるもので13億円を超え、他にもカラス類では畜舎への侵入、ビニールハウスの突き破りのような被害もあります。水鳥であるカモ類が畑に来て野菜や麦の葉を食べる被害も増加しています。カモ類は種数が多く、種により性質が違うため、被害の実態を正しく把握しないと適した対策が難しいのです。

シカ、イノシシなどの大型獣で多く発生している獣害は、シカによる被害金額が約61億円、イノシシでは約39億円に上り、農家に多大な損失を与えています。牧草などの飼料作物に多いシカの被害では、その7割が北海道で発生していましたが、近年、本州以南での被害が急増し、イネ、野菜、豆類にも及んでいます。イネ、果樹、野菜に発生しているのが、イノシシによる被害です。タヌキ、アライグマ、ハクビシンのような中型獣の被害は野菜、果樹を中心に約9億円に上ります。(2021年度、農林水産省)

鳥獣害の正しい認識と対策に必須だから

鳥獣害に遭った農家は、被害に遭い続ける理由がわからないなか、手っ取り早く解決する方法を模索します。また、捕獲によって鳥獣の数を減らしさえすれば被害が減るという考えも根強く残っています。しかし、被害を起こす個体を捕獲しなければ思うような成果は上がりません。被害現場で聞くと、鳥獣害についての正しい認識と適した対策方法が浸透していないと感じます。

これまで加害種について正確に把握する手法や、対策方法の研究・開発とその実効性を高める改良の中でわかってきたことがあります。鳥獣害対策の秘訣は、適した対策の中から、1つでもすこしでも「自分たちでできる対策」を実施し、「継続していく」ということです。そして加害鳥獣それぞれに適した対策をとるために、「相手を知る研究」が重要になります。ここでは、加害鳥獣を知るための4つの研究を紹介します。

シカが増えた
理由を調べる

農作物を食べるシカは早く成熟する

秦 彩夏 研究員
HATA Ayaka

以前から、牧草地や農地はシカにとっていいエサ場であると言われていて、シカの繁殖率を押し上げているのではと推測されていましたが、科学的な裏付けはありませんでした。そこで、野生シカの骨に含まれる窒素安定同位体比※1を分析して、各個体が牧草等の農作物をどの位食べていたかを調べました。農作物は山の植物よりも高い窒素安定同位体比を示すため、農作物を多く食べるシカほど、体組織に含まれる窒素安定同位体比も高くなるのです。分析に用いた骨コラーゲンは代謝が遅く、複数年の間に食べた物の同位体比を反映します。これを調べることで、シカが長期的にどれだけ農作物を食べていたかを推定できます。さらに年齢や体サイズ、妊娠しているかどうかを調べ、これらの情報を組み合わせて解析しました。その結果、4歳以下の比較的若い個体では、農作物をたくさん食べていると体が大きくなり、その結果妊娠率も高くなることが分かりました。つまりは、農作物をたくさん食べることで、シカの「早熟化」現象が引き起こされることが、明らかになったのです。この結果は、現在のみならず将来の農業被害を減らすためにも、シカの農地侵入防止や農作物を食べる個体の駆除が重要であることを強く示しています。

※1 安定同位体 : 同じ原子番号でも質量数が異なる「同位体」のうち、放射壊変(放射線を出して安定した他の原子核に変わる)を起こさない安定的な元素(窒素の場合、14Nと15N)を指します

調査地でシカが採食する主な農作物および農地外の植物のδ15N値
群れで牧草地に牧草を食べにくるシカ
イノシシが牧草を
食べるか確かめる

寒地型牧草地でイノシシの採食被害が発生

上田 弘則 上級研究員
UEDA Hironori

寒地型牧草地(秋に播種、春に収穫)で、イノシシによる深刻な採食被害が発生していました。牧草の約4割がイノシシに食べられていました。特に、更新※2した年の寒地型牧草地ではイノシシによる被害が集中し、また、更新していない年には被害が複数の牧草地に分散することもわかりました。さらに、牧草の種類によって被害の受けやすさが違って、イタリアンライグラスは被害を非常に受けやすく、ライムギは被害を受けにくいことがわかりました。もし、侵入防止柵を張れない場合は、イノシシの出没の多い場所はライ麦を植える、イノシシが出ない場所にはイタリアンライグラスを植えるなど、配置変えをするだけでも被害は軽減できます。

イノシシによる牧草採食の被害は見過ごされがちです。実は、イノシシが牧草を採食することを知らない農家さんもいます。もし、集落で牧草以外の農作物の被害が発生している場合、イノシシによる牧草被害も発生している可能性があります。イノシシが入れないような小型の柵を設置すると、柵の内と外の草量の差で被害の程度を簡単に確認できます(左写真参照)。被害を確認した場合には侵入防止柵でしっかりと囲うことが必要です。

※2 草地更新 : 生産性の落ちた草地を作り直すこと

柵外はイノシシに食べられた(3月)
牧草を食べるイノシシ
生息数や繁殖を
調べる

農村のカラスは意外に少ない

吉田 保志子
上級研究員
YOSHIDA Hoshiko

カラスによる農作物の被害や、駅前のねぐらに集まるムクドリの話題では、これらの鳥が「急増」「大増殖」といったキャッチコピーが付くことはよくあります。しかし、鳥の数は基本的には環境中の食物の量で調節され、春夏の繁殖期に数が増え、冬の食物不足で減るというかたちで、変動しつつ安定していると考えられます。

カラスやムクドリのようなよく目にする鳥について、どんな場所にどれくらいの数が生息し、ヒナがどれくらい生まれているかという実態はあまり分かっていません。私たちは、ハシブトガラスとハシボソガラスの2種について、これらのデータを明らかにしました。

茨城県南部の農村地域で58km2を調べたところ、雌雄のペア数は、1km2あたりハシブトガラスが1.98、ハシボソガラスが2.76でした。1km2につき、2種あわせて約5ペア(10羽)の親鳥がいることになります。続いて行った繁殖調査で、繁殖成功率は8割前後、成功した場合の平均巣立ち数は約2.5羽であることがわかり、親鳥10羽が巣立たせる若鳥は年間に約10羽という計算になりました。

若鳥がそのまま親鳥になれば、カラスの生息数はどんどん増えることになりますが、実際はそうではありません。親のナワバリを離れた若いカラスの群れは、夏秋に目立ちますが春までに減っていきます。群れのカラスは、ナワバリが空くのを待つ繁殖予備軍として、数十kmもの範囲を移動して食物の多い場所に集まり、厳しい自然界を生き残ったものだけが次世代の親になれると考えられます。

青 : ハシボソガラスの巣、赤 : ハシブトガラスの巣、1マスは1km2
加害鳥を
突き止める

レンコンを食害する鳥は一部のカモ等だけ

益子 美由希
研究員
MASHIKO Miyuki

鳥類による農作物被害額が全体で減少している中、横ばいの推移をたどっているのがカモです※1。カモは種数が多く、主に夜間に食害が生じるため、どの種が・どのように加害しているのかを突き止める調査がなかなか進んでいないのです。

中でも、全国一のレンコン産地・茨城県霞ケ浦周辺では、年間約3億円の被害※2が報告されています。収穫物にえぐられたキズがあり、夜のハス田にカモの群れが居ることから「カモ被害」とされてきましたが、水を張ったハス田の泥の中で育つ"見えない"レンコンを、平たい嘴(くちばし)のカモが本当に食べるのか、疑問視する声もありました。そこでハス田に試験的にレンコンを埋め、夜間の様子を動画撮影して調べました。

その結果、マガモとオオバン※3が泥中のレンコンを食べる行動を初めて確認できました。一方で、他に撮影された5種のカモではそのような行動は見られず、レンコンを食害しないカモもハス田を利用していることがわかってきました。

現在、対策としてハス田に設置されている防鳥網やテグスでは、カモをはじめ野鳥が引っかかって死んでしまう事故が後を絶ちません。被害の軽減と鳥のすみかの保全を両立できる対策手法の確立へ向け、実地試験を進めています。

※1 「鳥獣種による農作物被害額の推移」参照
※2 カモ類により約2億円、バン類により約9千万円(茨城県、2021年度)
※3 オオバン : ツル目クイナ科の水鳥で、カモ(カモ目カモ科)の仲間ではない。「カモ被害」の実態を突き止めるにはオオバンにも注意が必要

<レンコン食害試験>泥中に埋めたレンコンは、一晩でどうなったのか

試験で設置・回収したレンコンの一例。レンコンを支柱に結わえ、日没前にハス田に挿して固定。翌朝回収すると、泥面がすり鉢状に掘られ、水面下40cmよりも深い一節(矢印)だけを残して食べられていました
その夜、マガモとオオバンが繰り返し頭を水面下へ浸したり、逆立ちしたりして泥中のレンコンを食べていました。

こんな
研究も!

加害鳥獣の特定を助けるウェブ図鑑
鳥獣害痕跡図鑑

この図鑑は、生産現場のニーズがあってまとめられたものです。作物に残された食痕から、農家や行政の方々が加害している鳥獣を見極めるのは至難の業です。実際、かなりの数のメールや電話による問い合わせがあります。なかなか全てに対応するのは難しい上に、加害鳥獣を間違えて特定してしまうと対策を間違えることになります。そのため、被害を受けた作物から検索できるように、収集した写真に具体的な説明を加えて、ウェブ上で誰もが確認できるように「鳥獣害痕跡図鑑」をまとめました。2021年1月の公開からの閲覧回数は1万2000回に達し、行政などが開く講習会にも利用されています 。
(2022年12月現在)

環境DNAから加害鳥獣を判別する技術
DNA分析

近年、様々な生物が水などの環境中に放出する生物由来のDNA(環境DNA)を検出して種を判別する研究が進んでいます。この技術は農作物の食痕に残った唾液などからも判別できる可能性があり、専門家でないと判定が難しい痕跡よりも加害鳥獣の特定が容易になります。

農研機構では、この技術を使って被害対策につなげる目的で研究を進めています。被害現場で環境DNAから加害鳥獣が特定できれば、正しい対策をすぐに始めることができ、被害を大きく減らすことにつながります。

加害種 ハクビシン
加害種 カラス