農研機構

インタビュー:究める人
Researcher File → Number/002 相手を知ることに挑む人

畜産研究部門
動物行動管理研究領域 動物行動管理グループ
藤本竜輔主任研究員
FUJIMOTO Ryusuke

略歴

三重県出身

2011年3月
東京農業大学大学院
野生動物学研究室 博士課程修了
2013年4月
農研機構 東北農業研究センター
農業放射線研究センター
2021年4月
畜産研究部門 動物行動管理研究領域
動物行動管理グループ(つくば)
日本農作業学会、日本哺乳類学会に所属

大学の研究室では、小型の哺乳類の生態や行動、特にカワネズミという半水生動物を研究。大学院博士課程修了後、NPOでの活動を経て、農研機構東北農業研究センターに入りました。東日本大震災(2011年)の2年後、福島県の震災復興対応のための鳥獣害研究に従事します。現在は、農林水産省委託事業での研究テーマがアライグマです。

「害獣」と呼ばれるイノシシやアライグマの研究に関わる研究者はどんなことを考えているのでしょうか?人間、イノシシ、アライグマも同じ線上に並んでいる生き物としてそれぞれをフラットに観察している藤本研究員。「相手を知る」という研究には必要な視点なのかもしれません。害獣の生態を究める藤本研究員にお話を伺いました。

◉福島第一原子力発電所事故とイノシシ

東北農業研究センターに配属され取り組んだのが、福島拠点での震災復興に関わる研究です。

当時、東京電力福島第一原子力発電所事故と鳥獣害の関連性は、「原発事故のせいでイノシシが増えた」との話が流布していました。私は、短絡的に結びつけ過ぎじゃないかと思っていました。というのも、イノシシが増えたという問題は、全国で同じように起きていましたから。

そこで効果がある対策をするために、原発事故とイノシシが増えたことの関連性を裏付けるデータを取ることにしました。

◉ただ、イノシシは自由になっただけ

「帰還困難」や「避難解除準備」など、いわゆる避難指示には段階的なレベルがありました。レベルが異なる、いろんな場所を調査地に定めて、イノシシのモニタリングのためのカメラを設置しました。例えば避難指示の「帰還困難」区域であれば、「イノシシが増えて活動が活発になっている」と思われましたが、実際はそうではありませんでした。避難指示区域外でもたくさんのイノシシが出没している場所もありました。ただし、イノシシが活動している時間帯のデータを見ると、避難指示区域内では昼間にも多く活動するようになったということが分かりました。つまり、人間の圧力を感じなくなったので、イノシシにとっては昼間でも自由な状況ですから、被害は確かに出やすくなるわけです。

日中に避難指示区域で活動するイノシシ
時間帯ごとのイノシシ出現 ※n : イノシシの総出現数
出典 : 東北農業研究センター「農業放射線研究センター研究案内」より

では、昼間にも活動するようになったイノシシに対し、どう対策するのか。他の地域で効果が出た対策をやりましょうと提言しました。「鳥獣害対策」として「害獣」を駆除するのは、必要であればするべきですが、「とにかく駆除する」という策は、労力や時間、費用を費やした割には問題解決に至った例がありません。そこで、「総合的な対策」が有効になるのです。

◉イノシシと人間は「ニッチ」な関係

イノシシについて言うと、日本列島に入ってきたのは人間より早いんです。イノシシからすれば、「いや、おまえらが後から来てんじゃないの?」という話になるでしょう。基本的にイノシシと人間というのは「ニッチ」がよく似た関係です。同じような場所で、同じような物を食べて、体のサイズもまあまあ似たようなもので。虫と人間は正面からのけんかにはならないわけですが、イノシシと人間では、同じレベルなのでまともなけんかになるというイメージです。イノシシの立場からすれば、普通にそこで暮らしているだけです。人の圧力を感じない耕作放棄地のような隙間があれば利用するし、柿の実が落ちていれば食べます。それに文句言われても困りますという感じです。まぁ、文句を言われても受け付ける機能はありませんが(笑)。私は、動物の味方でも敵でもないです。人間という生き物はそもそも野生動物のライバルであるべきなんですね。同じ場所で競合して生存しているわけです。生態学的に言えば。

【注釈】
※ニッチは、生物学では生態的地位を意味する。1つの種が利用する、あるまとまった範囲の環境要因のこと。

◉アライグマの研究

農林水産省の委託研究として、アライグマ研究に取り組んでいます。研究内容はアライグマの生態研究で、例えば、アライグマのくぐり抜けの能力などです。外来種という問題だけでなく、アライグマの農作物への食害や家屋の侵入被害などが深刻な問題になってきており、対策が急がれています。少しでも早く有効な防除策を示したいと思っています。


藤本さんてこんな人

畜産研究部門
動物行動管理研究領域
動物行動管理グループ
中村大輔 主任研究員
NAKAMURA Daisuke

藤本さんとは2年前からの付き合いで、福島で同僚でした。飲みに行ったこともありますが、異常にお酒全般に詳しいんですよ(笑)。鳥獣害の研究は「誰のためにやっているのか?」があやふやになりがちですが、生育地の保全や動物のためでなく、農家のためにという、農研機構としての立場で研究を進めるスタンスは一貫していましたね。いろいろな知識も豊富な人で、地方の歴史などにも詳しくて。とても人間的魅力に溢れている人物で、末長く仲良くしたいですね。

研究以外に夢中なことを聞きました!

My Favorite Things

イノシシより、小型の哺乳類の方がグッときますね。

子どもの頃からの興味の対象は、川にすむ生き物です。
特に好きなのが、カワネズミ。ネズミという名前ですが実はネズミではなくて、陸生と水生の間の「半水生」の生き物です。この半水生って非常に面白い存在で、陸上の動物がクジラやイルカのような水中の動物に向かって進化していく「途中」だと思われがちですが、そうではなくて、割と彼らは狙ってその位置にいると思うんです。陸上では普通のネズミに走り負けるし、水中では魚に泳ぎ負けるかもしれませんが、陸を歩いて別の川に移動もできるし、陸の動物に襲われたら水中に逃げ込むこともできる。ラッコやオットセイ、カワウソもそうです。「研ぎ澄まされたバランス感覚だ」と本人たちは言うかもしれませんね。