農研機構

タイトル:特集2 農研機構の最新AI研究

AI予測

ゲノム選抜AIによる
育種の効率化

AIを活用したスマート農業の中で注目を集めている研究の一つに、AIを利用した育種技術による品種改良の加速化と効率化があります。開発されたゲノム選抜AIによって何が可能になるのか、何が期待できるのかをご紹介します。

農業情報研究センター AI研究推進室
多変量解析ユニット インキュベーションラボ
上級研究員 鐘ヶ江 弘美

一緒に研究を進めている林武司(左)・谷口昇志(右)両研究員

ゲノム選抜AIが可能にするもの

私たちが開発したゲノム選抜AIとは簡単に言えば、「ゲノム情報を利用して、個体の特性を予測する技術」です。品種改良では、多くの個体の中から両親の優れた特性すなわち遺伝子を受けついだものを選抜します。従来の育種では、親同士をかけあわせて新しい品種を育成するという過程で育種家の長年の経験や知識が必要でした。ゲノム選抜AIを使えば、これまで蓄積されてきた膨大な栽培試験データとゲノム情報を活用した予測モデルを作成し、ゲノム情報からこの個体はどれくらいの大きさになるか、どれくらいの収量が期待できるかといった特性を予測できるようになります。苗の段階でその個体のパフォーマンスを予測し、優秀な個体を選抜できるのです。そのため育種にかける年数を短くすることができるだけでなく、有望な個体だけを選抜してほ場に植えつけられるため、栽培コストや労力を減らすことが可能になり、育種を効率化できます。

従来の発想を超えた品種開発への期待

作物の特性は少数の遺伝子が関わるものだけでなく、例えば食味や収量といった重要な特性には複数の遺伝子が関わっており、耐病性などの関わる遺伝子が少数の形質に比べ、その予測は難度がはるかに高くなります。ゲノム選抜AIではゲノム情報というビッグデータを利用するため、目的の特性をAIにより高精度で予測することができます。ゲノム選抜AIを用いた新しい品種の誕生には至っていませんが、実証試験を行っているものがありますので、いつかこの新技術で育成された新品種について発表したいと思っています。またゲノム選抜AIにできることの一つに、育種家が今まで試していないような交配の組み合わせが提案される点があります。育種期間の短縮や栽培コストの削減といった効果のほかに、AIによって育種家が思いつかないような新しい知見がもたらされ、そこから画期的な新品種が生み出される可能性も期待されるのがAIを使ったスマート育種です。

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図:現在の育種プロセス、「ゲノム選抜AI」を用いた新しい育種法

リモートラボ

栽培環境を精密に制御する
ロボティクス人工気象室

気候変動に適応する作物の品種開発にスピードが求められる中、栽培環境を精密に制御できるロボティクス人工気象室の構築に成功しました。この人工気象室にどのようにAI技術は使われているのでしょうか。

農業情報研究センター
データ研究推進室 インキュベーションラボ
室長 兼 ラボ長 米丸 淳一

栽培環境をピンポイントで再現

気候変動による温暖化が急速に進む中、様々な気象環境に適応できる作物の品種開発が急がれます。そこで品種開発のスピードをあげるのに役立つのが人工気象室です。

従来の一般的な人工気象室ではせいぜい昼と夜を人工的につくるといった程度で、精緻な環境の再現はできませんでした。作物に欠かせない光ですが、従来は光源から出る熱の問題があり、光と人工気象室との相性は良くありませんでした。そのため、より精緻に栽培環境を再現・模擬できる「人工気象室」の開発にとりかかりました。目指したのは春夏秋冬ごとにきめ細かく季節を再現できる環境をつくりだすこと、例えば1960年8月のつくば市における環境といったように、ピンポイントで栽培環境を再現することを目標としました。具体的には、光の強さや日照時間、温度、湿度などを自由に変えることであらゆる環境を再現しようと考えたのです。品種開発のために作物を育てる場合、露地栽培では年に1回と限られ、一方で一般的な人工気象室では大雑把な環境しかつくりだせません。その限界を超えるためにAIも利用した高度な人工気象室であるロボティクス人工気象室の開発を行いました。

温室効果ガスを減らす作物の育成にも期待

民間企業などからの高度リモート研究

開発したのは、作物の栽培環境を精密に再現あるいは模擬できる人工気象室「栽培環境エミュレータ」に大きさや色などの作物形質データを連続で取得できる「ロボット計測装置」を内蔵した「ロボティクス人工気象室」です。この2種の装置を組み合わせることで、人工気象室を開閉することなく、時間を追って取得された画像とセンシング情報を解析し、作物形質を連続して計測できるようになりました。ロボティクス人工気象室とAIスパコン「紫峰」がネットワーク接続により連動することで、作物形質データを利用したAI解析ができます。また、「農研機構統合DB」に含まれるゲノム情報、成分などの様々な農業データを用いた統合的な解析が可能となり、任意の環境における作物の特性(収穫時期、収量、品質など)を推定できるため、品種育成や栽培技術の効率的な開発が期待できます。今後、気候変動が著しくなることが想定されますが、気候変動に適応した品種開発のみならず、二酸化炭素を吸収・固定する作物の特性を活かした品種を開発することで気候変動の緩和対策にも貢献できると考えています。