農研機構

タイトル:発掘!土壌のおもしろさ

独自のソフトウェアで
土壌の物理性を瞬時に解析。

農業環境研究部門 土壌環境管理研究領域
土壌資源・管理グループ
江波戸 宗大 上級研究員

作物の生育を左右する土壌の良し悪しって?

農作物は育つ土壌によって生育状況が大きく左右されます。畑を耕し肥料を適切に与えることが収穫量アップの基本ですが、土壌そのものが栽培に適していることが大前提なのです。例えば、水はけが悪いと雨が降った後に水たまりができやすく、植物が呼吸できなくなってしまいます。また、大きな農業機械が農地を走ると、その下の土壌が押し固められ、根を深く張れなくなってしまいます。私の研究では、こういった水はけの良さや土壌の硬さ、酸素量などの物理的な性質を調べて、より良い土壌の環境を考えています。普段は農家の方から依頼を受けたら、全国各地のほ場 KEYWORD に駆けつけて土壌を調査。「水はけが悪い」という診断結果が出たら、それに合わせた排水性改善方法を提案し、より良い作物栽培に貢献しています。

KEYWORD

農作物をつくるための耕作地のこと。「田」や「畑」という表現は栽培する作物に対応して限定的に用いられる一方、「ほ場」はどのような作物を栽培する土地にでも用いることができる。

調査のスマート化で実現する、農業の新しい未来

従来の調査方法は、深さ1mほどの穴を掘り、サンプルを採取して分析するというもので、多大な時間とコストがかかっていました。それを改善するために私が導入したのが、「貫入式土壌硬度計」という装置を使った調査方法です。貫入式土壌硬度計は、地面に刺すだけで、緯度経度を記録しながら、深さ1cmごとに土壌の硬さを1回60~90秒で測定できます。それにより、広範囲かつスピーディにデータを取得することが可能になりました。また、土壌の硬さから土中の水分分布を推定する特許を取得。硬さを測るだけで、水はけの良しあしを解析できるようになりました。現在、生産者の数が減少し、従来以上に効率的に農作業を行うことが求められています。この方法で診断をすると、その場で結果を共有できるので、すぐに改善策を提案できるのです。将来的には、生産者などが自分で調査する仕組みを構想していて、民間企業と共同で土壌硬度測定ロボットを試作中です。収集したデータをクラウド上で誰でもどこからでもアクセス可能にすれば、現場に行かずともほ場の状況を把握できます。そうすることで、都会にいながらほ場の管理を専門に行えるようになるかもしれません。農家だけが農業をするのではなく、産業に関わる人口を増やしていくことが、私の描く農業の未来像です。

耕盤層やや上の深さの土壌硬度等高線図とコムギ子実重水平分布を比較

(水の停滞程度を判定するため)

実際に水を使わなくても、土壌の硬さから水の動きを推定できる

※小麦は湿害に弱いので、水が集積しやすい範囲は収量が減少

ドローン、AIを駆使し、
新しい知見を生み出す。

農業環境研究部門 土壌環境管理研究領域
農業環境情報グループ
森下 瑞貴 研究員

ドローン技術を活用し土壌の状態を一目で比較

土壌はその土地の地形や気候などによってさまざまな性質を持ちます。私が専門とする土壌地理学では、「なぜこの土地にその土壌ができたのか」を解き明かしています。その研究活動の一助として取り入れているのが、「ドローン」と「AI技術」です。 例えば、ほ場の土壌調査を行う場合、ほ場内の「どこで」土壌を採取して分析するかの判断に迷う場合があります。農地によっては、ほ場整備や元々の地理的環境の影響で土壌の性質が空間的にばらつくことがあるためです。そこで私はドローンでほ場全体の地表面を撮影して、その画像から土壌調査に適した地点を推察する手法を開発しました。これによりドローンで観測した地表の温度や表土の色味の違いをもとに、どの地点で土壌を採取すべきかを機械的に判定することが可能になりました。その他にも、ドローンで空撮した画像から土壌の物理性や化学性のマップを作成したり、既存のデータを活用して土壌の分類基準を新たに提案するなど、多岐にわたって最新技術を活用しています。

ドローン空撮画像から土壌管理をサポート

土壌の"ムラ"を機械の目で捕捉 ⇒ 土壌診断地点の選定などに活用

土壌調査に最新のテクノロジーを。そこから広がる研究の発展

ドローンやAIを用いることで、土壌調査を効率化するだけでなく、調査結果の精度向上や新たな発見につなげることができます。機械学習 KEYWORD により大量のデータを解析することで、調査者の主観にとらわれないデータの解釈が可能になり、また、データから新たな知見を導き出すことができるからです。収集した膨大なデータベースから新しい知見を見いだす研究は「データ集約型研究」と呼ばれ、こういった研究を進めることで土壌学分野における新たな発見につながることを期待しています。一方で、重要なのは無条件にAIを信じるのではなく、土壌の知識を持った研究者がAIの導いた研究結果の妥当性をしっかり判断することです。これまで土壌学者が100年以上蓄積してきた知識に基づいて最新技術を取り入れていくことが、データ・サイエンスを活用した研究成果の正しい利用につながると考えています。今後もそれを念頭に置きながら、新たな技術を取り入れて土壌学研究の発展に貢献していきたいと思います。

KEYWORD
機械学習

データ分析の方法の一つで、機械(コンピューター)が膨大なデータから学習し、データの背景にあるルールやパターンを発見する方法のこと。人手不足が懸念される日本の農業界でも活用が期待されている。

環境にも配慮した農業を。
新システムで農地を守る。

農業環境研究部門 土壌環境管理研究領域
土壌資源・管理グループ
江口 定夫 主席研究員 | 朝田 景 上級研究員

肥料の与え過ぎは環境負荷のもと。 最新モデルで適切な肥料を導く

私たちは農地からの窒素溶脱を軽減するため、土壌中の窒素動態を予測できるモデルの開発に取り組んでいます。窒素は、作物を栽培する際に化学肥料や堆肥等の有機物として与えますが、畑では一般に土壌中の微生物の働きで硝酸態窒素という形になってから、作物の根に吸収されます。しかし、作物の必要量以上の窒素を与えると、硝酸態窒素の余りが土壌中の水と共に深層へと移動する窒素溶脱という現象が起き、地下水や河川水に流入して環境負荷を生じさせます。そこで、土壌中の窒素の複雑な挙動を予測するモデルを用いて、さまざまな土壌・気象・作物条件に応じた適切な肥料の与え方を提案したいと考えました。特に、日本の畑面積の約半分を占める黒ボク土 KEYWORD や、有機物を肥料として連用した土壌からの窒素溶脱については、精度良く長期間予測できるモデルが必要なのですが、国内外を問わずそのようなモデルは存在しません。そのため、貴重な長期ほ場試験データを有する全国各地の公設試験研究機関と密に連携し、モデル開発と実測値による検証を重ねてきました。米国で開発されたLEACHM(Leaching Estimation and Chemistry Model)というモデルの構造やパラメータを改良することで日本版のモデル開発を進めており、妥当な予測精度が得られています。

KEYWORD
黒ボク土

黒ボク土は、主に火山灰からできた土壌。リン酸吸収係数が高く、容積重が小さいといった特徴がある。有機物が集積して黒い色をしていることが多く、黒くてホクホクしていることから黒ボク土と呼ばれる。

普及を進めて環境負荷の低減に貢献したい

改良したモデル(改良LEACHM)は、現在「土壌のCO2吸収『見える化』サイト」で簡易版として公開しています。畑作物の種類、堆肥の種類や量などを入力することで、窒素溶脱の長期推移を簡単に可視化することができます。また、研究者向けには高度な専門性を要するカスタマイズや予測も可能なプロ版を提供しており、講習会などを通して普及を進めています。農林水産省の「みどりの食料システム戦略」では、化学肥料の使用を大幅に低減し、有機物を積極的に利用する環境保全型農業への大きな転換が求められています。これは地力窒素の回復につながる取り組みですが、与える有機物の種類や量によっては、窒素溶脱を増大させる可能性もあります。改良LEACHMの普及と改良をさらに進め、環境負荷の少ない農業が当たり前になるような世の中にしていきたいと思います。

有機物を積極的に利用し、環境負荷を低減

土壌の窒素見える化ツール<簡易版>はこちら

https://soilco2leachm.rad.naro.go.jp/soiln_static/