農研機構

特集2

多様化する米へのニーズ

食生活の変化にともない、「ご飯」として家庭内で食べる主食用米の消費量は、1962年をピークに減少傾向にあります。一方で、中食※と外食を合わせた消費量の割合は年々増えており、最近では消費量全体の30%を超えるなど、米の消費量が減っている中でも、中食と外食分野は今後も重要な位置づけとなります。さらに、米消費拡大の取り組みの一環として、「ご飯」としての利用以外に、パンや麵または製菓用など、「米粉」としての利用が期待されています。また、将来、米の生産者や消費者から求められる多様なニーズに迅速に対応するために、稲の遺伝子情報を使った新しい育種法の開発が進められています。

おいしい中食・外食用のお米を知る

新しい中食・外食用の品種

中食・外食用に使われる米は、米の販売者からはおいしくて安いことが求められ、米の生産者からは栽培に手間がかからず、病気に強く、倒れにくい、栽培地の気候にあった多収で良質な品種も求められます。販売者と生産者の両方が満足する米の品種育成に農研機構は関わり、自信を持って世に送り出しています。

「様々な用途に向くお米の品種シリーズ」(2020年版)

農研機構の主な育成品種

【極早生】ちほみのり

「ちほみのり」はたくさんの穂「千穂(ちほ)」からおいしいお米が実ることに由来。「あきたこまち」並みの良質、良食味のお米です。新潟県、兵庫県ほか、東北を中心に産地品種銘柄に設定され、普及拡大中です。

【早生】つきあかり

ご飯の光沢や粘りにすぐれ、コシヒカリに比べて保温後もおいしさを保つ特徴があります。新潟県、宮城県ほか、東日本を中心に10県以上で普及拡大中です。

【中生】にじのきらめき

ブランド米に並ぶ食味と安定多収性で普及拡大中。岐阜県ほか関東、北陸、近畿を中心に、複数の県で大手米卸がJA等と連携し「産地化」に取り組んでいます。


拡がる米粉の可能性

国内の炊飯米(ご飯)の消費量は、国内の水田約6割で賄えるまでに減少しています。食糧自給率の向上には水田のフル活用が不可欠で、米粉用品種の栽培は、その活用法のひとつです。市場では健康志向からノングルテンの米粉パンやパンケーキ材料としての需要が高まり、さらに米粉は輸出量も伸びています。他方では米粉の特性を活かす研究が進められ、嚥下食※1の材料として新たな領域での実用化を目指しています。

梅本ユニット長にお聞きしました!

米粉用に適する品種

どんな品種が製パンに向きますか?

一般的にアミロース含有率が高い品種は、米粉パンの膨らみがよいけれど硬くなりやすい(図①)という短所もあります。「ミズホチカラ※2」は、アミロース含有率が高めでよく膨らみ、柔らかさにも優れたパンになります。というのも、粒子が細かい良質な米粉になるので、製粉や製パンに適性があるのです。

米粉の需要増にどう対応していますか?

「ミズホチカラ」は晩生品種なので収穫時期が遅く栽培適地が限られます。主に九州で栽培されています。生産量を増やすには西日本でも栽培できる早生化した品種が必要になり、「ミズホチカラ」を父に早生化した新品種「笑みたわわ※3」を育成しました。また、米粉麺などに向く品種「ふくのこ※4」も西日本向けに育成されています。

米粉の国内消費と輸出拡大

「ミズホチカラ」と「笑みたわわ」は食味がそれほど優れず、炊飯米向きの米ではありません。とれすぎても炊飯米に回せないため、米粉用として生産と加工利用のバランスが大事なのです。私たち研究員と農研機構本部のビジネスコーディネーター、生産地と製粉会社、そして地域の行政機関と一体となって、国内での消費拡大と世界の市場に向けた米粉の輸出拡大にも取り組んでいます。

農研機構
次世代作物開発研究センター
米品質ユニット ユニット長
梅本 貴之

芦田主任研究員にお聞きしました!

米粉を嚥下食に利用する

米粉ゲルって何ですか?

「亜細亜のかおり※5」や「北瑞穂※6」、「ふくのこ」など、高アミロース米の米粉に水を加えて加熱・冷却するとできるゼリー状の食品(図2)です。麺や米粉クッキー以外に、高アミロース米の新しい利用方法がないか糊化の特性を調べているときに、「北瑞穂」の糊がゼリーみたいに固まることに気づきました。

米粉ゲルから何ができますか?

実際に食べてみると、米粉ゲルはおいしいです。手早く調理ができて、口どけがよく、飲み込みやすいので、嚥下食として介護や医療の現場で使えないかと、物性の調査を始めました。農研機構だけでは嚥下食への実用化はできないので、昨年(2020年)、嚥下の専門医や栄養士の方などと一緒に実用化に向けて研究が始まったばかりです。

どんな課題がありますか?

高アミロース米品種は複数ありますが、品種によって栽培できる地域が決まっています。輸送コストを考慮してどんな品種でも嚥下食の物性になるゲルになるかどうか調べる必要がありますし、どのような製粉方法が良いかも検討しないといけません。また、調理法や調理後の提供方法で物性が変わらないかどうかなど、命に関わるものですから、利用される場面を想定して様々な視点で安全性を調べなければなりません。それでも3年後の実用化を目指し、みんなで頑張っていますよ!


農研機構
次世代作物開発研究センター
米品質ユニット 主任研究員
芦田 かなえ
  • ※1:食べ物の形態・物性を飲み込みやすく工夫した、摂食・嚥下障がいの方のための食事
  • ※2:九州で主に栽培される製粉・製パン適性の高い品種
  • ※3:製粉・製パン適性の高い品種。「ミズホチカラ」より穂が出るのが10日程早い
  • ※4:米粉麺に適した西日本向けの高アミロースの品種
  • ※5:米粉麺に適した北陸、東海、関東以西向けの高アミロースの品種
  • ※6:北海道向けの米粉加工に適した高アミロースの品種

ゲノム情報を活用した最先端の育種

DNAマーカー育種

通常10~12年を要する従来型の育種(品種改良)を効率化する手法として、DNAマーカー育種が注目されています。苗の段階で目的の形質を持つ個体であるかを調べられるため、一年に何度も選抜でき、効率が飛躍的に良くなります。そのために必要な、ゲノム※1や遺伝子情報の解析が行われています。

堀上級研究員にお聞きしました!

遺伝情報を解明してお米の新しい品種をデザインする

どんな研究をしているのですか?

まず2004年に、稲の遺伝情報の全体・総体であるイネゲノム配列の完全解読※2がされた大きな成果があります。これで稲の中にある37,000個以上の遺伝子とその並び順は解明したのですが、1個1個の遺伝子の働きはほとんどわかっていません。そこで、有用な遺伝子を見つけて機能を明らかにして、その遺伝子の目印となるDNA配列から「DNAマーカー※3」を開発しています。目印を利用した品種育成が「DNAマーカー育種」です。私の研究は、DNAマーカーとして利用可能な有用遺伝子をたくさん見つけることです。

幼苗からDNAを抽出します

DNAマーカー育種のメリットは?

必要な特性をもつ品種を交配し、10年以上かけて目標とする品種を作るのが従来の育種で、日本では100年以上前から行われています。DNAマーカー育種は、例えば、病気に強い遺伝子やおいしい遺伝子をもつ個体を交配してできた苗のDNAを調べて、よい遺伝子をもつ苗だけを選ぶというもの(図1)。田んぼに植えて収穫して評価する必要がないので、時間が短縮でき、広い栽培面積も必要ではありません。また、完成した品種がどんな遺伝子を持っているのかを確認することもできます。今は従来型とDNAマーカー育種を混合して改良することが多く、「あきだわら※4」や「にじのきらめき」などの最近の品種育成にも、DNAマーカーの技術が使われています。

遺伝子がすべて解析されたら?

37,000個以上の遺伝子のうち、まだ1,000個ぐらいしか各遺伝子の詳細な働きがわかっていないと思うのです。芽が出るときに働くのか、米が実るときに働くのか。10年、20年後には全部わかっているといいなぁと思います(笑)。すべての遺伝子の働きがわかれば、理論上は、DNAレベルで最初にデザインして、思い通りのいい品種ができるはずです。今は、中食・外食用の米や米粉に適した遺伝子や、温暖化で増えてきた病気に強い遺伝子などについて問い合わせを受けます。もし、自分達が事前に予測していろんな遺伝子組み合わせの品種候補を揃えておけたら、多種多様で細かいニーズにすぐに応えて品種育成ができるんじゃないかなと思います。

研究の面白いところはどこですか?

解明されていない遺伝子がどんな働きを持っているのか、最初に知ることができるのは〝自分〞です。毎日実験をしながら、新しい発見、その結果を最初に見られるっていうのは研究職の醍醐味です。

農研機構 次世代作物開発研究センター
稲形質評価ユニット 上級研究員 堀 清純

  • ※1:ゲノム(genome)はgene(遺伝子)と集合をあらわす「-ome」を組み合わせた造語で、細胞に含まれる染色体の一組、またはDNA(デオキシリボ核酸)に含まれる遺伝情報の全体を指します。また、ゲノムの持つ遺伝情報はDNAの4種類の塩基(A,T, G, C)の組み合わせです
  • ※2:日本を中心とする国際イネゲノム配列解読コンソーシアム(IRGSP,10の国と地域で構成)で行われたイネゲノム配列の完全解読は、世界の農業研究に基礎、応用両面で大きな力を与えました
  • ※3:4種の塩基配列の並び方の違いを調べることで、品種や個体を識別する際の目印(マーカー)として利用でき、この目印となるDNAの並び方の違いをDNAマーカーといいます
  • ※4:中食・外食等の品種