農研機構

特集2

花きの新しい技術

農研機構では新しい技術を基に花きの計画生産や安定供給、そして病害に抵抗性のある品種の育成に取り組んでいます。

高品質なトルコギキョウを身近な花に
~トルコギキョウの周年生産~

慣行では年1回しか出荷できなかったトルコギキョウの生産効率を高め(図1)、高品質でありながら年3回の出荷で安定収入につなげるための研究に取り組む福田主席研究員にお話を伺いました。

農研機構 野菜花き研究部門
花き生産流通研究領域 生産管理ユニット
主席研究員 福田 直子 (FUKUTA Naoko)

図1 トルコギキョウの周年生産

トルコギキョウを周年生産する水耕栽培の研究

トルコギキョウの栽培は歴史が浅く、環境に敏感に反応する気難しさがあり、また土壌病害にも弱く、連作障害が起きやすい植物です。でも、水耕栽培なら土壌病害による連作障害が回避でき、土壌消毒に必要な時間や手間を省き、安定的に作れるのではと思いました。
人工光閉鎖型育苗装置(図2)で大苗を生産し、サラダ菜やホウレンソウと同じ薄膜水耕(NFT)栽培(図3)で苗を土ではなくパネルに定植していきます。養液が管理されていれば問題なく作れ、トルコギキョウは植えてから3~4カ月で収穫できます。ハウスの気温や二酸化炭素濃度は複合環境制御システムにより、熟練作業者でなくても管理が容易となり、遠隔での監視や機器の操作もできるので時間や労働力を削減できます(図4)。人工光閉鎖型育苗装置、NFT水耕栽培、養液の病害対策、環境の自動制御システムを用いることで、1棟のハウスで年3作のトルコギキョウの生産が可能となります(図5)。

図2 人工光閉鎖型育苗装置
季節・品種に関わらず5週間で大苗生産
図3 薄膜水耕(NFT)栽培
発泡スチロールの定植パネルに植物体を植え、培養液の水深を浅くして循環させて栽培します
図4 複合環境制御システム
自動制御で切り花生産が可能
図5 3ブロック3作型の周年生産例

福島県で実証研究をスタート

震災前から福島県のトルコギキョウの産地や生産者の方々とお付き合いがあり、被災されたことに心を痛めておりました。何かお役に立てればと、トルコギキョウの水耕栽培を小規模ですけど成功させていたので、その技術を核に復興事業に提案しました。「先端プロ」で大規模な実証農場を立ち上げた際には震災以前からトルコギキョウを作っていた生産者の方にも営農主体として関わっていただき、共に「新しいことにチャレンジしたい」という思いで、実証研究が始まりました。

先端プロ : 東日本大震災後、平成25年から被災地域の農業再生を目的として実施された農林水産省委託事業「食料生産地域再生のための先端技術展開事業(先端プロ)」のこと。震災以前からカスミソウやトルコギキョウなど高品質な花き栽培が行われてきた福島県は、花き栽培を基盤とした地域復興に向けた実証研究に参加した

「実証研究に協力いただいた方々の感想は?」

かがまない、汚れない…。軽装での作業が主体の水耕栽培は「とても楽です」と女性たちからの評判が良いです。

高設栽培で作業も楽に。
しかもクリーンで手軽な定植作業

定植作業の様子

安定生産に向けて

トルコギキョウは1本の価格が高く、店頭で千円近くするものもあります。セレモニーやイベント用に、姿の良い価値ある花を作らないと儲からないという業界の仕組みもありますが、高品質でも手頃な価格で普段使いできるトルコギキョウを安定的に計画生産する技術を早い時期に完成させたいですね。ここ15年ほど、トルコギキョウの品種の進歩と技術の変化には目覚ましいものがあります。でも、生産者が基本的な知識とか栽培方法を体系的に勉強する場や資料は本当に少ない。断片的な情報や「伝承」される古い作り方で生産し、しなくてもいい苦労をしている方もたくさんいらっしゃいます。技術と品種の進歩に立ち会っている者として、トルコギキョウの特徴と栽培の方法を整理し、生産現場の技術の底上げができればと思います。

研究を社会で活かす

生産農家さんと喜びを一緒につくり出していけるといいなと思います。「あなたの言ってくれたことを試したら儲かっちゃった」ってコソっと言ってくれるのがとてもうれしいですね。そんな時、「自分の技術が役に立ったんだ」と喜びでもあり、研究を進める原動力になっています。一方で、読者の皆さんにトルコギキョウの魅力を知っていただけるよう、購入しやすい形や価格で供給できるようにしたいとも考えています。トルコギキョウの研究と生産の現場は、まだまだ伸びしろタップリです。

原産は北米、日本で進化
トルコギキョウはどんな花?

トルコギキョウは北米・中南部の乾燥地帯が原産。紫色で一重の野生種を元に日本で育種が進み、八重やフリンジ、小輪や大輪の花形、白や薄紫、ピンク等の幅広い色彩の多様な品種が育成されました。バラ等よりも日持ちが良く、高級な質感があることから、結婚式などで人気の切り花に成長しています。

表紙の写真(トルコギキョウ)は、農研機構野菜花き研究部門で栽培しました。

病害抵抗性をゲノム情報で判別する ~新品種開発のために~

近年、需要期の不足を補うために輸入されるキクの輸入量が増えています。農研機構では需要期に安定して国内産のキクを供給できるよう、キクの安定生産のための様々な研究を多角的に行っています。その一つに、計画的な栽培に適する開花特性や病害に対する抵抗性を有する品種の開発があります。2020年、「キクの効率的なDNAマーカー開発技術の手法」を確立した住友上級研究員に、現在取り組んでいる研究とキクの品種開発のためのゲノム解析の難しさについてお話を伺いました。

農研機構 野菜花き研究部門
花き遺伝育種研究領域
ゲノム遺伝育種ユニット
上級研究員 住友 克彦
(SUMITOMO Katsuhiko)

キクの病害抵抗性品種

日本国内のキクの切り花の消費量は世界1位ですが、市場のニーズに合わせた供給が国産のキクでは追いつかず、輸入に頼っている側面があります(図1)。国内でキクを増産できるように、安定生産ができる病害に対する抵抗性をもつキク品種の開発が求められています。具体的には、キクの重要病害である「キク白さび病」(図2)です。キク白さび病は、降雨などの条件が整うと病原菌が200~800mもの広範囲に飛び散って、新たな感染を引き起こすとされています。ゆえにキク白さび病に感染したキクがほ場にあると、ほ場全体に一気に蔓延し、防除することが難しい病気です。キク白さび病の被害については、面積では19%、金額では45億円の被害が出ていると推計されています。そのような重要病害の対策に取り組むことは重要だと考え、キク白さび病の抵抗性品種を育成するために必要な抵抗性をゲノム情報で判別できる仕組みを1つのゴールとして、研究に取り組んでいます。それに向けて、2019年のキクタニギクのゲノム解読と、2020年に効率的なDNAマーカー開発技術を確立できたことが大きいですね。

図1 国内で流通するキクの切り花に占める輸入の割合 (数量ベース)
図2 キク白さび病
糸状菌のキク白さび病菌(Pucciniahoriana)によって引き起こされるキクの主要病害の一つ。出荷時、葉に病斑があると商品価値が下がる

2019年
キクタニギクのゲノム解読

キクタニギクは、栽培ギクに比べてゲノム構造が単純な二倍体であるため、キクのモデル植物として様々な研究に利用されています。2019年にキクタニギクの全ゲノムの89%の配列が解読され、ゲノムや開花に関わる遺伝子が明らかになったことで、キクの開花制御や花の形態形成に関する研究や、これらの情報を利用した栽培ギクの育種の効率化が進みました。

複雑で難しいキクのゲノム解析

キクはゲノムを6セットで持つ同質六倍体の植物です。例えば、イネはお父さんとお母さんから1セットずつもらい2セットのゲノムがありますが、キクはお父さんから3セット、お母さんから3セットもらうので、6セットになるんです。園芸作物ではほかに、サツマイモ、カキ、キウイ、イチゴなどもゲノムを2セットより多く持つ「倍数性」の植物です。倍数性の植物は、遺伝子解析が難しく、二倍体と六倍体を比べると遺伝子の数は単純計算では3倍になり、解析に3倍の手間がかかります。イネは2004年にイネゲノム配列が完全解読され、ゲノムの情報がすべて見えています。でも、キクはゲノム情報が見えていない上にゲノムセットが3倍もある。さらに、イネとキクはゲノムの数だけでなく、大きさも違います。キクはゲノムの1セットのサイズが大きいため、ゲノム当たりの情報量がイネの7倍以上あります。ゲノムセットの数が3倍であることとあわせると、計算上はイネの20倍以上の量の遺伝情報を持っていることになります。このように、キクのゲノムを解析することは非常に複雑で難しいのです。

2020年
キクの効率的なDNAマーカー開発技術

農研機構とかずさDNA研究所は、同質六倍体であるためにDNAマーカー開発が困難だった栽培ギク(以下、キクと表記)において、効率的にDNAマーカーを開発する手法を確立しました。6セットのゲノムのうち、1セットのゲノムにのみ存在する配列の違いをDNAマーカー化することで、有用な性質と関連するDNAマーカーを効率的に開発できます。本手法により、キクのDNAマーカー開発が進み、効率的な品種開発が可能になります。

本研究で解析に用いた同質六倍体キク品種「イエロークイン」およびキク近縁野生種で二倍体のキクタニギク

DNAマーカー : 遺伝子の目印となるDNA配列。導入したい形質に関わる遺伝子をDNAマーカーの有無で確認して個体を選抜することが可能となります

効率的なキクの品種開発へ

キクの複雑なゲノム構造の解析に、2012年ごろから公益財団法人かずさDNA研究所(以下、かずさDNA研)と共同で取り組んできました。かずさDNA研が一緒にチャレンジしてくれたおかげで、2019年にキクタニギクのゲノムを解読することができました。
目的の遺伝子を見つけることは、とても大変なことです。そこで、目的の遺伝子の近くに ある目印となるDNAマーカーを見つけることにしました。これが、かずさDNA研と開発した手法「キクの効率的なDNAマーカー開発技術」です。その中で、どういう遺伝子を見つけるのか、どの形質が重要でどのようにDNAマーカーを使っていくのかを探すことが僕の仕事です。
地道にコツコツと研究結果を積み重ねて、いつかキクの安定生産に貢献できればと思っています。