当事者の尊重と問題解決志向の重要性
R8年1月 冨田 宗樹
寒さ厳しき折ではありますが、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
昨年は、地震や異常気象等の自然災害に加え、獣害にも見舞われた一年でした。被害に遭われた皆様には心よりお見舞い申し上げます。今年は穏やかな一年となることを願って止みません。
私は6年ほど前にガン(慢性骨髄性白血病)になりました。愉快でなかったことの一つが「原因を聞かれる」ことです。何となく「責める」「切り離す」ニュアンスを感じてしまうのです。
この病気は、骨髄細胞の遺伝子の突発的な変異で生じることが分かっています。しかし、それがなぜ生じるのかは現在のところ不明です。民族によって発生頻度に差があることから、何らかの遺伝的要因の関与が示唆されています。
仮に、その遺伝的要因が発見され、まれなものであったとしましょう。そのことは有名科学雑誌で大きく取り上げられ、発見者は権威のある賞をもらうかも知れません。しかし、現にいる患者の救済にはつながりません。それどころか、多くの人々にとって「他人事」となり、さらにはその要因を持つ少数の人々への差別につながってしまう恐れすらあります。従って、理屈の上では成り立っても、探究の方向としては不適切です。なぜなら、根本である当事者の尊重と問題解決への指向が欠けているからです。
実際には学者たちは賢明でした。このガンに限らず、目的である患者の救済には、異常な遺伝子の発生という患者にとって解決困難な要因を突き詰めることではなく、細胞が無限に増殖するという作用に着目することが有効です。科学者たちは、この作用のメカニズムを解明しました。そして、ガン細胞の増殖のスイッチに当たる部分に薬剤で「蓋」をすることで、増殖を阻止するという解決策を見出したのです。これによって、現在この病気は、予後の良好なものになっています。私がこのコラムを書けるのも、そのおかげです。
農作業事故でも、その多くは「人のミス」が関与しています。しかし、「その人がミスをしたこと」を必要以上に掘り下げても、必ずしも問題解決にはつながりません。人はミスをするものだからです。問題解決のポイントは、そのミスが重大な結果につながってしまう、事故のメカニズムにあります。ですから、ミスと事故の間の連環を断ち切る、現場の改善や機械の安全装置の研究開発が必須なのです。これこそが農研機構の存在意義です。
私の周囲の大切な人たちは、原因を尋ねたりはしません。体調を気にかけ、支援してくれます。これまで、それにどれほど支えられたことでしょう。私達農研機構も、農業にかかわる皆様にとって、そのような支えとなれるよう、引き続き、現場改善と啓発・安全技術の開発に取り組んで参ります。




