生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話44》漁獲情報を収集・活用するアプリケーション「おきそこ君」

2023年3月16日号

修正 2023年9月11日※

水研機構水産大学校を代表機関とする研究グループが開発した漁業支援アプリケーション「おきそこ君」が実用化され、これまでに、山口県、長崎県、愛媛県等の沖合底びき網漁船20隻に導入されています。通常、漁獲量等の情報は、船上で紙媒体に記録していますが、本アプリを利用してタブレットで入力すると、自動的に漁獲情報や漁船の位置情報等がクラウド上に蓄積され、リアルタイムで水揚げ予想金額等を把握することができるようになりました。監督官庁への報告が義務付けられている漁獲成績報告書も瞬時に作成可能になり、漁業者の記録作業も削減できるため、操業情報の見える化、操業の効率化・労力軽減につながることが期待されています。

漁業支援アプリケーション「おきそこ君」

我が国周辺海域で行われる沖合底びき網漁業の令和3年の漁獲量は23万8千トンで、我が国海面漁業の漁獲量の約8%を占める重要な漁業です。沖合底びき網漁業のうち、「沖合底びき網2そうびき」は、1つの漁網を2隻の漁船が一定の間隔を開けて並んで曳網する漁法です。主に、タイ、カレイ、アンコウ、アカムツ(ノドグロ)などを漁獲します(図1)。


図1 : 沖合底びき網2そうびきの操業イメージ図
(水産大学校提供)

沖合底びき網漁業などの農林水産大臣許可漁業では、毎日の漁獲状況を大臣に報告する義務があります。しかし、操業期間が約1週間にも及ぶにもかかわらず、漁獲情報(魚種、漁獲量、サイズ)は紙に記録して管理されています。漁獲量の集計も手作業で行うため、報告書の作成に時間を要しています。

そこで研究グループは、タブレットで漁獲情報を記録し、クラウド上に保存することで関係者で共有することができるアプリケーション「おきそこ君」を開発しました。

まず、漁業者は1操業ごとに、タブレットに、漁獲・選別して箱詰めした魚種・サイズ・箱数を入力します(図2)。


図2 : おきそこ君に漁獲データを入力
(水産大学校提供)

これまでは、2隻の漁船それぞれで漁獲情報を紙に記録・集計し、その後で2隻分を合算していましたが、2隻をローカルエリアネットワーク(LAN)でつなぐことにより、それぞれでタブレットで入力された漁獲情報が自動的に集計され、予想される水揚げ金額が随時、表示されます(図3)。


図3 : おきそこ君で水揚げ予想金額を表示
(水産大学校提供)

「おきそこ君」により、全ての漁獲情報及びGPSで自動的に取得した位置情報をクラウド上に保存することで、ワンクリックで漁獲成績報告書を作成できるようになりました。「おきそこ君」の導入により、漁業者の漁獲データ整理作業は1操業あたり約20分削減されます。1航海(約1週間)あたり約50回操業するため、1航海あたりでは、本作業に要する時間を約17時間削減できることになります。

また、「おきそこ君」は、GPSから得られる漁船の位置情報(日時、緯度、経度、針路、速力)に加えて、航海中、投網中といった漁船の運航状態や船内の消耗品の在庫もクラウド上に記録します。これにより、漁船を管理する陸上(会社側)からも漁船の状態(現在地、運航状態)を把握することが可能になり、さらに航海に必要な消耗品も効率的に納品できるようになりました。

「おきそこ君」を使っている漁業者からは「誰でも使えて、リアルタイムで漁獲量や水揚げ予想金額を乗組員で共有でき、モチベーションの向上につながる。」との意見を頂いています。

「おきそこ君」の導入により下関漁港では過去最高の水揚金額を記録

下関漁港では、「おきそこ君」を活用し、マーケットインの発想で水産業の成長産業化を目指しています。「おきそこ君」によって収集した各船の漁獲情報は産地市場においてリアルタイムで集約されます。一方、産地市場では、魚種ごとのニーズを5段階で評価し、コメントを付けて漁業現場にフィードバックすることで双方向の情報共有が実現しています(図4)。これにより、ニーズのある魚を漁獲し、効率良く市場に水揚げすることが可能となり、令和3年度は、1航海当たりの水揚金額は過去最高を記録しました。


図4 : 漁船と仲卸業者の双方向のデータ連携
(水産大学校提供)

将来的には最適な操業海域を予測するAIの開発へ

研究グループは、漁船の網に海洋環境記録装置(CTD*)を付けて、海の深度毎の水温、塩分を計測し、これらの情報から3日先までの海洋環境を予測する高精度漁業環境予測モデルを開発しました。漁業者は、毎日自動的に更新される予測情報をホームページで確認し、これに基づき漁場を選択することができます。さらに研究グループは、過去の漁獲データや海洋データをAIを用いて解析することで、「いつ、どこで、どの魚がどれだけ獲れるか、どの海域で操業した方が良いか」を操業前に把握できる最適操業海域予測システムの開発も目指しています。

研究グループの代表者である水研機構水産大学校の松本浩文准教授は、本研究について「水産業のデジタル化を加速し、地方創生につなげていきたい。」と語っています。

【用語】
CTD* : CTDは漁網の最後部に付けられており、漁場の海底水温や塩分を計測します。
クラウドサーバ上で、CTDデータ(塩分・水温・深度)と「おきそこ君」で収集された漁獲データ(漁獲日時・位置・量・魚種など)が紐付けされます。
これにより、魚が「いつ・どこで・どれだけ獲れたか」に加え、魚が「どういった環境(水温・塩分)に生息していたか」がデータ化されます。

事業名

イノベーション創出強化研究推進事業(基礎研究ステージ)

事業期間

令和元年度~令和3年度

課題名

AIによる最適操業と漁獲データの自動収集を目的とした基盤技術の創出

研究実施機関

水研機構水産大学校、九州大学、有限会社昭和水産、山口県農林水産部

※不用な記述及び図の削除

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