生物系特定産業技術研究支援センター
《こぼれ話73》ゲノム編集技術にAI予測を組み合わせ遺伝子発現量を調節
2026年7月28日号
ここ数年、夏の高温とその長期化など、気候変動が続き、高温に強い野菜やイネなど新しい品種(用語*1)が求められています。これまでの品種改良では、例えば、味は良いが高温に弱い、味はいま一つだが高温に強いといった別の特性(用語*2)を持った品種を交配(交雑)して育て、味が良くて高温に強いなど望ましい特性を備えた系統(用語*3)を選抜し、さらに数世代にわたって交配・選抜を繰り返して新品種を作り出してきました。作物や目的にもよりますが、この方法では新しい品種をつくるまでに通常5~10年かかります。
交配を重ねて親と別の特性を持つというのは、親とは異なるゲノム(全遺伝情報)配列(用語*4)を持つということでもあります。このようなゲノム配列の変化は、自然界における交雑や突然変異などでも起こるものです。従来の品種改良では、このゲノム配列の変化を、時間と手間のかかる方法で実現してきましたが、望ましい特性を持たせるために必要なゲノム配列の変化をコントロールできれば、極めて短期間で優れた特性を持った品種を作り出せます。品種改良加速技術(ゲノム編集技術)によりゲノムを変化させる場所を人工知能(AI)を使って特定することで、新品種の作出を短期間(1~3年)で実現しようと、名古屋大学発のスタートアップ企業グランドグリーン株式会社が取り組んでいます。
それはどのような仕組みで実現できるのかを同社代表取締役の丹羽優喜さんに聞きました。

写真:ゲノム編集されたトマトの栽培の様子
=グランドグリーン株式会社千葉研究農場(写真、図はいずれも同社提供)
ゲノム編集技術で狙った場所の配列に変化を促す
生物のゲノムを構成するDNAは自然界でも紫外線などで日常的に傷ついたり、主として交雑によって組み換わったりするため、ゲノム配列は常に変化しています。例えばDNAに傷がつくと、生物の細胞は元の状態に戻そうとしますが、その過程でまれにDNA配列に変化が起こることがあります。「ATGC」という配列が「ATG」と1塩基が欠けたり、「ACGC」と塩基が入れ替わったり、といったことが起こります。その結果として、遺伝子の機能が変わったり、失われたり、新たな機能が獲得されたりして、生物の特性も変化します。また、DNAが組み換わることによって、子が持つゲノム配列の遺伝子の組み合わせが、親が持っていた組み合わせとは異なるものになります。この積み重ねが生物の進化であり、こうした変化を踏まえて人間が交配や選抜を行うことで、私たちが育て、食べている野菜などの多様な品種が開発されてきました。
自然界でも起こるゲノム配列の変化を、ゲノム配列上の狙った場所で実現する技術がゲノム編集技術です。グランドグリーン社では、例えば高温耐性にかかわる遺伝子をピンポイントで狙うことで、暑さに負けない品種を生み出す、というような改良を試みています。実際には、ゲノム配列上の指定した場所を切断するハサミの機能を持つゲノム編集ツール(酵素)を合成し、これを用いて狙った場所でゲノム配列に変化を促し、品種の改良を行います。このゲノム上の変化を起こす位置、編集方法、編集結果、リスクを事前に設計、予測などのシミュレーションをAIを使って行うことで、短期間での品種改良を目指します。
ゲノム編集は、生物が元から持っているDNAの一部を改変する技術
遺伝子組換え技術による品種改良は「その生物がもともと持っていなかった、別の生物のDNA配列を導入する」という手法で行われます。多くの場合、従来の自然変異や交配では実現できないような特性の導入を目指します。
一方、ゲノム編集技術では、その生物が元から持っているDNA配列の一部をピンポイントで傷つけます。その際、その後の変化を自然に任せる場合は、自然界でも起こりうる結果が得られます。自然界の突然変異などでは、ゲノム配列上のランダムな場所で変化が起こるのに対して、ゲノム編集技術はその変化をゲノム配列上の狙った場所に起こせるため、従来の品種改良よりも精度の高い変化をスピーディーに実現する技術と言えます。
遺伝子の発現量を調節して品種改良につなげる
ゲノム編集技術による品種改良を行う際に、目的とする遺伝子の機能の一部を失わせる手法があります。遺伝子内の狙った部分を変化させることで、遺伝子の特定の機能を失わせることは比較的容易に実現できます。
しかし、品種改良の目的によっては遺伝子の機能を失わせるのではなく、遺伝子機能を適度に弱めたり、逆に機能を高めたりする方が良い場合があります。例えば、完全に機能を失ってしまうと作物が正常に育たなくなってしまう遺伝子だが、機能を弱めるだけなら環境ストレスに強くなるというケースや、耐病性を担っている遺伝子の機能を高めることで病気に強くするといったケースがあります。
標的となる遺伝子機能の「強さ」を決めている要因として、遺伝子本体のDNA配列の違いのほかに、遺伝子の発現量・発現強度(用語*5)を決めているプロモーター(発現制御領域=用語*6)と呼ばれる部分のDNA配列の違いがあります。このプロモーターを変化させることで、望ましい特性を付与する方法が考えられており、実証例も報告されています。ただし、プロモーター配列は遺伝子本体にも増して多様性に富んでおり、その発現強度がどの程度であるか、配列を見るだけで理解することは難しいのが現状です。
Promoter AITM を使って遺伝子の発現強度を予測
グランドグリーン社では、このプロモーター配列に着目し、遺伝子機能を強めたり弱めたりすることで新たな品種開発が行えると考えています。従来の遺伝子組換え技術を使うことでも、ある程度予測可能な形で発現量をコントロールすることができますが、遺伝子組換え技術の利用には厳しい規制がかかっているため、「自然界でも起こりうる変化の範囲内」で遺伝子機能の調節を実現することが重要であると考えています。
その1つの解法として、AIの深層学習機能を用いて遺伝子の発現強度を予測するモデルPromoter AITM(特許第7551189号)を構築しました。従来はプロモーター配列の設計が困難で、複数の変異パターンを試験・評価する必要がありましたが、この予測モデルを用いることで、元の遺伝子が持っていたプロモーター配列の発現強度を予測することができるようになりました。さらに、ゲノム編集技術によって作製可能と想定される新たなプロモーター配列のリストを作成し、AIの予測プログラムにかけることで、どのようなプロモーター配列が望ましい変化をもたらすかを予測することが可能になりました(図)。その予測を基に実際にゲノム編集を実施することで、狙った遺伝子の働きを調節し、新たな価値を持った品種をスピーディーに実現することが可能になります。

図:ゲノム編集による発現量変化予測のイメージ。コアプロモーターは、プロモーターの最小領域の一つ。
特定の部分に変化を生じさせることで発現量が上がったり下がったりします
グランドグリーン社は、植物におけるゲノム編集を「設計→導入→編集」まで一気通貫で実現する技術を持っています。①「Promoter AITM」=どこをどう編集すればどう変わるかをAIで予測・設計、②「gene APPTM」=ゲノム編集ツールを植物へ高効率に届ける技術、③「3GETM」=植物ゲノム編集用に最適化されたゲノム編集ツール、などの技術を組み合わせて使うことができます。現在までにトマトやイネなど10作物、30品種以上の実用作物品種のゲノム編集に成功しています。
また、同社は2023年12月に、米国Corteva社、Broad研究所と「CRISPR-Cas9」(用語*7)の商用ライセンス契約を締結、CRISPR-Cas9の技術が加わって、より迅速な品種開発ができるようになり、さらには全世界での商用利用の道も開けました。
ゲノム編集技術を生かした未来の品種づくりも構想
グランドグリーン社は、AIによるゲノム編集の予測モデルの技術を活用して、気候変動など地球環境の変化にも対応した未来の品種づくりを構想しています。現在、「特定の病気に強い品種」「乾燥に強い品種」「高温下でも生産性の高い品種」「高機能成分を増強した品種」などの開発に取り組んでいます。
丹羽さんは「農林業、食品加工用の原料など様々なニーズ・用途に応じて、品種改良加速技術(ゲノム編集技術)を活用した品種開発を種苗会社などと共同で進めています。目標となる新品種開発に向けた戦略策定からゲノム編集の実施、官庁への届け出データ取得まで、専門家チームがサポートします。」と話しています。新しいゲノム編集技術により、優れた新品種が短期間で作出できれば、生産しやすく、おいしい作物を安定的に提供することにつながると期待されています。
用語
*1 品種 人が利用しやすいように性質がそろい、安定して次世代に受け継がれる植物(や動物)の集団です。他と区別できる特徴があり、均一な性質を持ち、世代を重ねても同じ性質を継承します。品種改良は、人為的な選抜・交配・遺伝子操作などによって、収量や甘さを増したり、耐病性を高めたりといった、有用な性質を持つ新しい品種を作り出すことです。交配は、花のある植物ならA株の雌しべにB株の花粉を授粉させるような方法を取ります。
*2 特性 植物の遺伝情報によって決定され、親から子へ受け継がれる特徴を「形質」といいます。花の色や形(一重、八重)、葉の色や形、茎の長さなど形態的な特徴を指します。それに対して、「特性」は形質を含め、その植物が持つ機能や強さ、能力などの全体的な性質で、耐寒性や耐病性、収量性などを指します。
*3 系統 祖先や育種過程を共有し、遺伝的に均一で、特定の形質を安定して示す個体群のことであり、品種改良の過程で選抜・固定された集団を指します。
*4 ゲノム(全遺伝情報)配列 ゲノムを構成するDNA(デオキシリボ核酸)は、「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」の4種類の塩基からなる化学物質です。DNAの中では、AとT、GとCが結合して2重らせん構造を作ります。その結合の対を塩基対といい、これらの配列が遺伝情報となります。DNAのうち、遺伝情報を持っている部分が「遺伝子」で、DNA上の遺伝子領域はRNA(リボ核酸)やタンパク質の設計図として働きます。
DNA配列が塩基の並びそのものを指し、部分的な配列も含むのに対し、ゲノム配列はその生物が持つすべてのDNAの塩基配列(遺伝情報の全体像)を指します。DNAの並び方(配列)によってその生物の特性が決まります。生物によってゲノムサイズは異なりますが、例えばトマトのゲノムは約9億塩基対で構成されています。
*5 遺伝子の発現量・発現強度 ある遺伝子が、どれだけ多くRNAやタンパク質を作っているかを示す量のこと。遺伝子は存在するだけでは意味がなく、使われて初めて意味を持ちます。DNA(遺伝子)→転写→mRNA→翻訳→タンパク質という過程を通じて、「どれだけ作られているか」が遺伝子の発現量であり、発現の強さを相対的に示すのが発現強度です。発現強度が高ければ、その遺伝子が担うその生物の特徴(植物なら色や形、耐病性、食味など)が強く出ます。
*6 プロモーター(発現制御領域) 発現制御領域とは、遺伝子をいつ、どこで、どれくらい使うかを決めるDNA領域であり、プロモーターはDNAの転写を開始するスイッチの役割を持っています。
*7 CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン) 生物のDNAを狙った場所で切断し、遺伝子を改変できるゲノム編集ツールの代表例。Cas9(酵素)とgRNA(ガイドRNA)がセットとなって、狙ったDNAの特定の部分を切断するハサミの役割を担います。
事業名
スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)
事業期間
2022年度(2023年6月まで)
課題名
AI駆動による発現量を精密にコントロールするゲノム編集技術の開発
研究実施機関
グランドグリーン株式会社
