生物系特定産業技術研究支援センター 研究資金業務

イノベーション創出基礎的研究推進事業(終了)

2012年度 中間評価結果

植物の水利用効率に関わるストレス感知機構解明と分子育種への応用

研究代表者氏名及び所属

篠崎 一雄 ((独)理化学研究所植物科学研究センター)

全体評価

本プロジェクトで取り組む課題は、今後、世界の農林水産業に寄与する可能性が大いに期待される研究分野である。研究期間前半は、いずれの中課題とも、モデル植物であるシロイヌナズナを中心とした研究に重点が置かれた。またイネに関しても、水ストレス感知/応答システムの分子機構の解明が進んでいる。得られた水分ストレス感知機構や高温応答等に関する基礎的研究の成果は多くの論文として発表され、国際レベルで見ても特筆すべきものであり、研究は順調に進捗していると評価する。しかしながら、最終的な目標である、解明された水分ストレス感知機構をどのように水利用効率向上に結実させうるかについては、現状では多くの問題がある。特に、水利用効率の評価法の開発は、課題全体を効果的に推進するためのキーとなる重要な研究であることから、作物生産における「水利用効率」の定義をふまえた上で、研究計画をもう一度よく吟味するとともに、取り組みの強化が必要である。このことを含め、本研究の推進にあたって、作物の水ストレスの生理学と栽培を専門とする研究者からの指導・助言等協力を得ることなどを検討していただきたい。研究期間後半においては、引き続き、水利用効率の向上を目指した水分ストレス感知システムの解明のための研究を進展させるとともに、その成果の生物系特定産業への寄与の可能性を示すために、基礎的研究およびその成果を応用面の分子育種に活用する戦略を明確にして研究を進める必要がある。

 

中課題別評価

中課題A「浸透圧ストレスセンサーシステムの同定と水利用効率の向上に関する分子育種への応用」

      (東京大学大学院農学生命科学研究科 篠崎和子)

浸透圧ストレスおよび高温ストレスにおけるセンサーシステムとシグナル伝達については、基礎研究として国際レベルでの大きな成果が上がっている。また、浸透圧と高温とのクロストークについても研究がスタートして基礎的な初期成果が上がっている。ただし、浸透圧ストレスと高温ストレスを対象としていることから、植物体の水分状態と植物体温の量的把握が必要である。また、解明されたストレスセンサーシステムが、対象とする作物のどのようなプロセスに関わって水利用効率を改善するかについて、生理的メカニズムを解明していくこととともに、基礎的研究の成果に基づいて、水利用効率をどのような場面(環境条件)で、植物(作物)のどの発育ステージの生理的なプロセスを改良し水利用効率の向上を目指するのかといった研究戦略を明確にすることが目標達成のために必要である。また、研究期間後半では、シロイヌナズナだけではなく、ダイズを対象にした研究にこれまで以上に重点を置くことが望まれる。

 

中課題B「組織、器官間の水分ストレスシグナルの伝達システムの解明と分子育種への応用」

      ((独)理化学研究所植物科学研究センター 篠崎一雄)

本中課題に含まれる研究内容のうち、「水分ストレスによるABA合成および分解に関わる制御メカニズムの解明」および「組織、器官間での水分ストレス伝達の分子的実体の解析」は、重要な機構の解明、因子の発見など、国際レベルでみても優れた成果が得られており期待以上の進展があり高く評価される。一方で、「水利用効率向上を目指した植物の評価法開発」は、基礎的研究の成果の妥当性や応用可能性の可否を判断するデータを得るための、本研究プロジェクト全体のキーとなる研究であるにもかかわらず、研究体制が弱く現状では成果が少ない。このため、「水利用効率」の定義を再検討するとともに、作物の水ストレスの生理学と栽培を専門とする研究者からの指導・助言等協力を得るなど研究体制を強化して取り組む必要がある。また、基礎的研究の成果の活用場面と水利用効率評価法の適用場面をまず明確にしていく必要がある。さらに、解明される水分ストレスのシグナル伝達システムを、水利用効率の向上の分子育種に適用するための研究戦略の再検討が必要である。このようなことから、研究期間後半は、より幅広い視点から研究を展開していくことを期待する。

 

中課題C「ABA応答システムの解明と水利用効率の向上に関する分子育種への応用」

      ((独)国際農林水産業研究センター生物資源領域 中島一雄)

ABA応答システムに関する基礎的研究は概ね計画どおり順調に進んでおり、大きな成果を上げている。研究期間の後半では、特にイネを対象とした水分ストレスシグナル伝達機構の解明がさらに進むことが期待される。本プロジェクト全体にとって、イネを対象とした本中課題の研究は、分子育種への応用場面でたいへん重要である。現在作出が進められている形質転換イネ系統の確立と水利用効率の形質評価が予定通りに進み、成果が出ることを期待する。

なお、本中課題は、子実生産を含めて研究目的が示されているものと理解される。しかし、水利用効率向上の分子育種への応用に関しては、研究の方向性があいまいである。水利用効率をどのような場面で、植物のどの発育ステージでどのような代謝プロセスを改良することによって、水利用効率の向上を目指すかをまずよく検討し、研究戦略の道筋を明確に示すことが目標達成のために必要である。研究期間の後半では、ゲノムデザインに植物生産量の指標となるものを加えて、イネの有用遺伝子の探索と水利用効率の分子育種において、水利用効率が向上したイネ系統が実際に選抜されるなど生物系特定産業に寄与する具体的な展開を期待する。