生物系特定産業技術研究支援センター 研究資金業務

イノベーション創出基礎的研究推進事業(終了)

2012年度 中間評価結果

イネの低温鈍感力強化による新たな耐冷性育種法の開発

研究代表者氏名及び所属

佐藤 裕((独)農研機構 北海道農業研究センター)

全体評価

本研究は、これまでの耐冷性強化方法論とは全く異なり、低温に対して感受や応答をせずに発育を継続できる能力として「低温鈍感力」という概念を導入し、耐冷性育種の新技術を開発するものである。中間時達成目標の一つ「イネの発芽直後、分げつ期および穂ばらみ期における低温鈍感力とこれを支配する遺伝子の特定」では、各期の低温鈍感力に関与する候補遺伝子を特定し、形質転換体の作出を始めたこと、および耐冷性強品種は高いアブシジン酸(ABA)分解能力をもつことなどの成果を得た。とくに、ABAの強い生育抑制作用を解除する物質を細胞周期遺伝子と関連づけて発見したことは特筆すべきである。次に、「転移因子を中心とする反復配列群マイクロアレイとストレス応答反復配列群マクロアレイの構築」では、反復配列アレイにより低温鈍感力評価が可能なこと、反復配列には器官特異的発現様式が存在することなど、独創性・科学的価値の高い成果を得た。また、「ABCトランスポーター変異によるストレス耐性遺伝子群発現亢進機構の解明」では、ABCトランスポーターRcn1が植物ホルモンを輸送している可能性を示すなどの成果を得た。このように、研究は当初目標を上回るスピードで進捗し、計画を上回る科学的水準の高い成果を得ている。研究代表者の指導性は十分であり、中課題相互の連携も概ね適正で、当初計画に沿って研究を継続するべきと判断された。

 

中課題別評価

中課題A「イネの穂ばらみ期耐冷性と低温伸長性に係わる低温鈍感力の解明と育種法の開発

      ((独)農研機構 北海道農業研究センター 佐藤裕)

耐冷性強品種・系統と同弱品種・系統間のABA応答性遺伝子と同分解酵素遺伝子の発現解析から、ABAの合成と分解が低温鈍感力に関与している可能性がきわめて高いことを示し、発芽直後および穂ばらみ期それぞれにおいて関与する低温鈍感力遺伝子候補の特定に成功した。これらの成果は、耐冷性の概念を変える科学的水準の高いもので、イネの耐冷性育種に大きく寄与するものと考えられる。また、ABAには細胞周期を進める因子遺伝子の発現を抑制する作用があるが、これを解除する物質を発見した。これはABAと同物質が細胞周期と関係していることを示す最初の発見として高く評価される。同物質による穂ばらみ期耐冷性の強化は、市販薬剤の適用拡大による生産現場即応技術として普及の可能性がある。このように、当初目標を大幅に上回る高水準の成果を得て、最終目標達成に向けて一層の努力を期待する。

 

中課題B「転移因子を指標にしたイネ穂ばらみ期低温感応性評価システムの開発

      (北海道大学大学院農学研究院 貴島祐治)

 イネゲノムのデータベース情報を収集し、30,894種類の反復配列と9,563種類の遺伝子配列を載せた反復配列群マイクロアレイを世界で初めて作成し、これを用いて穂ばらみ期の葯と葉から抽出したRNAの発現解析を行い、耐冷性の強い系統ほど低温による反復配列の発現変動が小さい傾向であることを見出し、この発現変動が低温鈍感力の指標となりうることを示した。この発見は、ゲノムワイドな発現パターンにより低温鈍感力を適切に評価できることを示した点で非常に重要な成果であり、生物適応を考える上で重要なヒントになると考えられる。また、低温で転移するキンギョソウのトランスポゾンTam3の転移酵素の核移行を阻害する遺伝子を特定するなど、科学的価値の高い成果を多く得ている。このように、当初計画を上回る進捗状況であり、最終目標画達成に向けて一層の努力を期待する。

   

中課題C「イネの低温鈍感力の発現におけるABCトランスポーターの機能解明と育種的利用法の開発

     (帯広畜産大学地球環境学研究部門 小池正徳)

 低温下で分げつ発生が抑制されるイネrcn1突然変異体とその野生型間で、シュートに含まれるスフィンゴ脂質を構成するヒドロキシ脂肪酸とスフィンゴ塩基の分子種を比較し、野生型では低温によりヒドロキシ脂肪酸のうちC22C24が減少し、C20が増加するが、rcn1変異体では温度に関係なくC24が多いことを明らかにするとともに、この脂肪酸の長鎖化に関わる候補遺伝子2種を特定し、さらに、正常なRcn1が正常な植物ホルモンの応答性に関わる可能性のあることを示した。これらは科学的に大きなインパクトのある成果である。また、Rcn1は維管束で発現し、木部柔細胞の導管側の細胞膜と篩部伴細胞の小胞体に局在することを見出し、Rcn1と共発現するABCトランスポーター遺伝子4種を特定した。このように、当初計画を上回る進捗状況をみせており、目標達成に向けて一層の努力を期待する。