生物系特定産業技術研究支援センター

SIP

第2期 スマートバイオ産業・農業基盤技術

研究成果

ナシの糖組成を決める遺伝子の候補を発見~ナシの甘みを高める育種効率の向上へ

掲載日 :2021年11月8日(月曜日)

SIP「スマートバイオ産業・農業基盤技術」のデータ駆動型作物開発コンソーシアムの「データ駆動型育種」サブコンソーシアムでは、ナシ育種で得られた大規模な特性情報とゲノム情報を用いてナシの甘味にかかわる複数のDNAマーカーを開発し、それを用いて果実に蓄積される糖の成分(糖組成)に関連する候補遺伝子を同定しました。本研究の成果を利用して幼苗段階で選抜・特性予測を行うことにより、ナシの育種を大幅に効率化することが可能になります。本研究成果は2021年8月、BMC Plant Biology に掲載されました。

糖組成に関するDNAマーカーと候補遺伝子を解明

果物において「甘味」は品質を決める最も重要な特性です。「甘味」は糖含量の多さだけではなく、糖成分の組成により決定されます。ナシ果実に含まれる主要な糖は、スクロース、フルクトース、ソルビトール、グルコースの4種類ですが、甘さの改良には甘味の強いフルクトース、スクロースの多い個体を生みだす仕組みの解明が必要となります。

本研究では、まず、これらの糖のデータと、ナシ果実のその他の重要な特性について、特性調査とジェノタイピング※1を行い、特性情報とゲノム情報のデータベースを構築しました。構築したデータベースを用いてゲノムワイドアソシエーション解析※2を行い、複数の有意なDNAマーカーを開発しました。このDNAマーカーの近傍領域で原因遺伝子の推定を行ったところ、ナシ果実の糖組成の決定に関わる遺伝子の候補として、液胞型インベルターゼ(糖転化酵素)遺伝子やERD6(糖輸送体)遺伝子が得られました。


(図)成熟果実の糖代謝と各糖の甘味度および候補遺伝子


(図)DNAマーカー選抜※3およびゲノム予測育種※4によるナシの
糖組成におけるフルクトース・スクロース比率の上昇効果(実績値)

開発したDNAマーカーをナシ育種に利用

本成果の活用により、都道府県の試験研究機関や大学でナシの育種を行っている機関において、幼苗段階でDNAマーカーを用いた選抜やゲノム情報を利用した特性予測(ゲノム予測育種)を行うことで、ナシ育種を大幅に効率化することが可能となります。また、農研機構では既に本成果を活用した品種の開発を行っています。一次選抜後、全国での栽培試験を行うため、品種に至るまでは最短で10年程度必要となりますが、従来手法に比べ甘味の強い品種が多く得られる可能性が高くなります。

本研究で推定された候補遺伝子は、ナシ以外でも、リンゴやモモ等のバラ科果樹の糖組成の制御についても重要な役割を担っている可能性が考えられ、これらのDNAマーカー開発に、本成果で得られた遺伝子情報を応用することができます。

本研究で解析に使用した遺伝子情報と表現型情報のデータは、国立遺伝学研究所のDNA Data Bank Japan(DDBJ)にて公開しています (DRA011324)。本研究成果を活用した品種開発に取り組みたい育種事業者や研究機関は、今後公開予定の「データ駆動型育種プラットフォーム」を利用することで、「甘味」の優れたナシ品種を効率的に開発することができます。

関連情報

S.Nishio et al. (2021) Genome-wide association study of individual sugar content in fruit of Japanese pear (Pyrus spp.). BMC Plant Biology 21, Article number: 378 (2021年8月16日受理)
https://bmcplantbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12870-021-03130-2

本研究に関する問い合わせ先

農研機構果樹茶業研究部門 西尾 聡悟
E-mail: nishios[アット]affrc.go.jp
(アットを@に置き換えてください)

※1 ジェノタイピング
作物等のDNA配列をDNAシークエンシングなどによって個体ごとに識別すること。これにより、他の個体のDNA配列や基準となるDNA配列と比較することによって、遺伝子型の違いを検出することが可能となる。

※2 ゲノムワイドアソシエーション解析
集団内の各個体の特性情報とDNA配列の関連をゲノム全体にわたり調べることで、目的の特性に関連するDNA多型(塩基配列の特徴)を統計的に検出する手法

※3 DNAマーカー選抜
作物の品種間に存在するDNAの塩基配列の違いを目印(マーカー)として、交配で得られた数多くの個体の中から目的の遺伝子を持つ個体を選抜する育種法

※4 ゲノム予測育種
個体の詳細なゲノム情報から特性を予測するモデルを構築し、そのモデルを用いて、個体のゲノム情報にもとづいて優良な個体を選抜する育種法

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