農研機構

食卓に迫る 地球温暖化の影響と適応策

2019年の日本の年平均気温は、1981~2010年の30年間の平均気温より0.92°C高くなり、1898年の統計開始以降、最も高い数値となりました(気象庁、2020年1月時点)。長期的には、100年あたり1.24°Cの割合で上昇していることになります。35°C以上の猛暑日も各地で増えており、作物や牛乳、食肉などの生産に深刻な影響を及ぼしています。農研機構では、温暖化による気候変動に「適応」するための農業技術や品種の研究を進めています。ここでは日本の農業と食卓を守る、さまざまな取り組みについて紹介します。

米にはすでに影響も

高温年や一部地域で収量減少

日本の主要作物のコメにも、地球温暖化の影響がすでに現れています。極端に気温が高い年や一部地域での収穫量の減少、コメが白く濁り、品質などに影響がある白未熟粒の発生も報告されています。
農研機構では、予想される気候変動のシナリオに基づき、シミュレーションを実施。コメの生産で、高温の影響を回避する方策や、高温耐性のある適応品種の導入を行わなかった場合、各地域で収量にどの程度の影響が出るのかを予測しました(図1)。その結果、現在のコメの栽培適地でも、将来的に大きく減収となる可能性が示されました。

品質も重視される日本のコメ

コメの品質は検査によって等級が決められ、白未熟粒や玄米充実不足(玄米が扁平で縦溝が深くなる)などが評価に影響します。近年、最も品質が良いとされるコメの割合(一等米比率*1)の低下が問題となっています。イネの穂が出る出穂期から20日程度の登熟期*2前半の気温が品質に影響を与えるとされ、この期間の気温が特に高かった2010年は、北海道を除く地域で著しい品質低下が見られました。

商品価値の下がる白未熟粒(右、ヒノヒカリ)と整粒(にこまる)

【適応策】

登熟期の高温による品質低下を防ぐための高温回避策には、出穂期を遅らせる予防的技術(①遅植え、②直播栽培、③晩生品種)の採用のほか、夜間入水や掛け流し灌漑という高温になってからの対症療法的な技術があります。また土壌・生育診断に基づく施肥技術により高温耐性を強化することで、品質低下を抑制するという方法もとられています。

【適応品種】

高温耐性があり、品質が低下しにくい品種が求められています。高温耐性はもちろん、食味コンテストで数々の受賞歴を誇る「にこまる」、高温年でもヒノヒカリ *3より白未熟粒が少なくほどよい粘りと粒感の「恋の予感」は、西日本で普及が進んでいます。コシヒカリ並みの食味を持つ「にじのきらめき」は倒伏が少なくコシヒカリより15%多収で、北関東から北陸、東海地域以西でも栽培が可能。各地での普及が期待されています。

*1 産物検査法に基づく所定の検査により得られた、未熟で色や形が正常でないものや異物などを除いた玄米の整粒割合が70%以上のものを一等米としたときの全検査数量に対する比率
*2 イネが穂に炭水化物を送り込んで栄養をため込む時期
*3 西日本で広く普及している良食味の対照品種

ブドウの色づき不良

巨峰などの黒色品種が赤くなる

「巨峰」や「ピオーネ」などの黒色ブドウ品種は、夏季の高温で果実の着色が阻害されると、商品価値が著しく下がります。近年、この「赤熟れ」と呼ばれる着色不良がブドウ産地でしばしば見られるようになり、温暖化の進行に伴い、さらに増加することが懸念されています。
農研機構では、温暖化が進んだ場合の将来(2031~2050年)の着色不良発生地域を予測。個々の産地レベルでの発生状況を示したマップ(図2A)をもとに、着色不良軽減策として施設栽培や、高温でも着色しやすい適応品種の導入を提案しています。

赤熟れしている着色不良のブドウ「巨峰」(左)と、正常な着色の巨峰

【適応策】

  • 施設栽培(無加温ハウス):無加温ハウスは露地栽培と比べ、満開日を2~3週間早めることができます。開花期を早めて着色期を前倒しすることにより、酷暑期と重なることを回避できるため、被害の軽減につながります(図2C)。
  • 環状剥皮(かんじょうはくひ):果実の品質向上技術として知られる環状剥皮に、着果量を減らす処理を加えた「着色改善技術」を開発。剥皮の幅や時期、着果量を調整することで樹勢に影響なく、着色を良くする技術です。
枝や幹の樹皮部分を環状に剥ぐ環状剥皮

【適応品種】

  • グロースクローネ:夏の気温が高くても、着色(紫黒色)が良好な品種。着色不良が生じやすい西南暖地での大粒ブドウの栽培にも適しています。粒20g程度と極大粒で、糖度は「巨峰」と同程度です。

影響は他のフルーツにも...

  • ウンシュウミカン:果皮と果肉が分離して、食味が悪くなる「浮皮」や「日焼け果」などが発生。栽培適地が北上し、産地では浮皮軽減技術や、品種の植え替えも行われています。
  • リンゴ:果皮の着色不良や日焼けが問題となっています。そこで「錦秋」「紅みのり」など優良着色系品種の開発や、着色の心配のない黄色品種の導入が進んでいます。
  • ナシ:秋冬の気温上昇で花芽の耐凍性が十分に高まらず、冬の寒さによる凍害で発芽不良が発生。肥料や堆肥の散布時期を秋冬から翌春に変更することで、発芽不良の発生が軽減されています。
傷みやすくなり、貯蔵性も低下する浮皮(左)。右は正常果
錦秋
紅みのり

暑さに弱い家畜たち

生産性低下の最大要因は気温

観測開始以来の記録的猛暑となった2010年7~8月は、例年と比べ、乳用牛、肉用牛、豚、採卵鶏、ブロイラーの死亡・廃用頭羽数が大幅に増加しました(農林水産省、2011年)。また家畜の生産性は環境要因の中で温度や湿度による影響が大きく、飼料摂取量の低下による乳生産量の減少、肥育牛、肥育豚、ブロイラーでは発育の停滞、産卵鶏では産卵率や卵質の低下が見られます。夏季の受胎率の低下も暑熱の影響があると考えられ、畜舎環境や飼料給与の改善などのさまざまな対策が取られてきました。

日本の蒸し暑さで牛乳生産量も減少

日本で飼育されている乳牛のほとんどはヨーロッパ北部原産のホルスタイン種で、夏季の高温や高湿度に弱いため暑熱ストレスを感じます。日平均気温が23~24°Cになると、飼料の摂取量が徐々に低下し、乳量も減少し始めます。乳脂肪や乳タンパク質などの乳成分の低下も見られます。また、体温の上昇によって体内の酸化ストレス*4が高まることも知られており、畜舎の環境を快適に整え、酸化ストレスを改善するための対策を研究しています。

*4 生体内で活性酸素が過剰に産生され、抗酸化防御機構を上回った状態を「酸化ストレス」と言います。酸化ストレスは生体内の細胞などに悪影響を及ぼし、機能低下を生じさせると考えられています。

【適応策】畜舎環境(牛舎)

ミスト(細霧)や送風は一般的な畜舎環境改善策の一つですが、ミストは水を蒸発させて体の熱を逃がすため、高温多湿の日本ではさらに湿度を高めるという問題があります。そこで熱発生量の多い肩と腰部分に冷風を当てる「スポット冷房システム」の効果が注目されています(図3)。

牛舎の天井に設置されたファンミスト(左)。右の写真は、省エネルギー型の地熱を利用したヒートポンプで低温・低湿度の冷風を送るスポット冷房システム

【適応策】酸化ストレスの抑制

酸化ストレスは乳生産量と関係が深く、抗酸化作用があるビタミンなどを添加した飼料の摂取で酸化ストレスをある程度抑制できるという報告があります。そこで抗酸化飼料(脂溶性ビタミン類)と、飼料摂取量低下を補うための高エネルギー飼料として脂肪酸を与えたところ、酸化ストレス状態と泌乳量、乳成分がともに改善されることが示されました(図4)。

温暖化で変わりつつある農業

温暖化による気候変動で収穫量や品質が変わっているのは、ここに紹介したものだけではありません。例えばトマトやナスに、高温による着果不良や収量に影響が出るなどの事例が報告されています。また大雨や高温で病害虫が多発、新たな病害虫の海外からの侵入リスクが高まるなどの懸念もあります。世界に目を向けると、トウモロコシやダイズの大幅な収量減が危惧されています。このような問題に対し、農研機構では高温耐性のある適応品種の開発や、栽培時期を変更するといった適応策、病害虫の防除法などの研究が進められています。