生物系特定産業技術研究支援センター

《こぼれ話39》組織培養技術で無花粉スギ苗の量産化が可能に

2022年10月31日号
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スギは本州から九州の屋久島まで広く分布しており、スギ人工林の面積(444万ha)は、人工林の面積の44%、国土の森林面積の18%を占めています(データの出典元:林野庁「森林資源の現況(平成29年3月31日現在)」)。そのスギから飛散する花粉が花粉症の要因になっているため、花粉を出さないスギの人工林を増やす取り組みが行われています。そのためには無花粉スギの苗が大量に必要なため、新潟大学を代表機関とする研究グループは、無花粉スギの苗を量産できる組織培養技術を確立しました。現在、本技術によって生産された無花粉スギの苗が新潟県の国有林などに試験的に植えられ、成長を記録する調査が始まっています。

スギを無花粉にする遺伝子に着目

一般的な無花粉スギの苗生産は、無花粉のスギ(無花粉となる遺伝子を2つ持つ)を種子親、無花粉となる遺伝子を1つだけ持つスギを花粉親とする交配から始まります。その後、交配でできた種子を播種し、2~3年間育てた苗に植物ホルモンを散布して、強制的に着花させ、花粉のないスギだけを選びます。しかし、この方法では、無花粉の苗の選別に2~3年という長い期間を要し、しかも育てた苗の約半分は花粉をつけるため廃棄することになります(花粉親がつける花粉は、無花粉となる遺伝子を持つものと持たないものが半々となるため)。

そこで、新潟大学を代表機関とする研究グループは、スギを無花粉化する遺伝子(MS1)に着目し、この遺伝子(MS1)を簡易に判別する方法を開発しました。これにより、DNAを調べることで、着花させることなく、花粉の有無を判定することができるようになりました。

この研究成果は、国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所(以下「森林総合研究所」という。)が「スギの雄性不稔遺伝子MS1判別マニュアル」として取りまとめ、ウェブサイトで公開しています。

無花粉スギ苗の組織培養による大量生産

今回、本研究グループは、上記の方法で未熟種子由来のカルス(※)を調べることで、無花粉となる遺伝子を2つ持つカルス(※)を選び出し、組織培養技術を用いて、無花粉のスギ苗を生産する方法を開発しました。これにより、無花粉スギ苗の選抜は数カ月で可能となり、組織培養によりその苗だけを大量に生産することができるようになりました(写真1、図1)。

この組織培養で育成された苗は100%無花粉スギとなりますので、花をつけさせて花粉の有無を調べる必要はありません。

この研究成果を取りまとめた「組織培養による無花粉スギ苗の増殖マニュアル」が、森林総合研究所のウェブサイトで公開されています。

なお、組織培養で作出された苗が、植えられてからどのように成長を続けていくのかなど、不明な点も残されています。そのため、本研究グループでは、成長データの蓄積を行っています。

写真1 : 育成した無花粉スギの苗(株式会社ベルディ提供) 図1 : 無花粉スギ実生苗生産の一般的な方法(左)と今回開発した方法(右)(森林総合研究所提供)

将来的には新たな無花粉スギの品種開発へ

無花粉のスギは自然界で数千本に1本の割合で存在するといわれています。これまで、林業に適した無花粉スギ品種は、30年ほど前に発見された無花粉スギ等の限られたスギを用いて開発されてきました。本研究で得られた技術は、育種素材の中から、種子生産の花粉親に用いることができるスギ(無花粉となる遺伝子を一つだけ持ち、無花粉のスギと交配させると1/2の確率で無花粉のスギが得られるもの)を探し出す際にも威力を発揮することから、林業に適した新たな無花粉スギ品種の開発も効率化するものと期待できます。

研究グループの代表機関である新潟大学農学部の森口准教授は、「スギ花粉症に苦しんでいる人は年々増加しています。本研究の成果は新たな無花粉スギ品種の開発や普及に大きく貢献します。今後も無花粉スギの普及拡大に向けた研究に精力的に取り組んでいきたい。」と語っています。

【用語】
カルス : 植物体の組織の一部を切り取り、培地上で人工培養し、増殖させた無定形の植物細胞の塊。

事業名

イノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ)

事業期間

令和元年度~令和3年度

課題名

成長に優れた無花粉スギ苗を短期間で作出・普及する技術の開発

研究実施機関

国立大学法人新潟大学、国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所、新潟県森林研究所、株式会社ベルディ、山形県森林研究研修センター、静岡県農林技術研究所 森林・林業研究センター

また、本研究課題は、農林水産省が運営する産学連携研究の仕組みの「知」の集積と活用の場において組織された研究開発プラットフォームから応募された課題です。
「「知」の集積と活用の場」のURLは、https://www.knowledge.maff.go.jp/


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